管理者:金原瑞人

Father Water,Mother Woods(1994)  177pp.
By Gary Paulsen,Bantam Doubleday Dell Publishing Group,Inc

目次
[フィッシング]
・発電所のダム ・排水溝 ・初めての当たり ・「ブル」 ・サッカー ・九丁目橋
・ナマズ ・ウォールアイ ・スイレン池のカワカマス ・浮きで釣る ・釣る!
・釣り小屋の夢
[キャンピング]
・川下り
[ハンティング]
・ライチョウ ・初めての命中 ・弓で狩る ・カモ

                要約
[フィッシング]
発電所のダム
 僕たちが育ったミネソタ州の北部の町では、春が近づくとおもしろい賭けが始まる。凍った川の上に古い車を置き、氷が溶け出して車が沈み始める日時を当てるのだ。車は土手の木に掛けられた時計と針金で結ばれ、車が沈み始めると時計が始動する仕掛けになっている。群庁舎と図書館に大きな掲示板があり、1ドル払って予想日時を書き込む。町中の人が賭けに夢中になり、用もないのに川をうろうろする。その頃になると日ざしも明るくなり何もかもが金色に輝き、風邪をひいたとか車のエンジンがかからないとか不平ばかり言っていた町の人たちも冗談をいうようになる。
 僕たちはそんな春の兆しを感るようになると発電所のダムに釣りにいく。コイ、シープスヘッド、サッカー、ウォールアイ、カワカマスが産卵しに川をさかのぼってくる。どの魚もタービンを潜り抜けられずに切断されてしまう運命なのに毎年川をさかのぼってくる。ダムや水路のまわりには人が落ちて流されないように3メートルの鉄パイプと金網が張りめぐらされているが、僕たちは金網に登り、片手で金網につかまり、片手で釣糸を垂らす。魚がひしめき合って腹をみせているところに針を落とし、糸の感触だけを頼りに釣る。10回に1回か、20回に1回、8ポンドか10ポンド、たまに20ポンドのカワカマスやウォールアイが釣れる。釣った魚は貧しい少年たちにとって手っ取り早い現金収入になるので、酒場に持っていって客に売りつける。1ポンド5セントが相場だ。みんな春の味をあじわいたいのでよく売れる。うまくいけば1日5、6匹釣れて9ドルも稼ぐことができる。

排水溝
 町の周辺は農地になっていて、火星の運河のように排水溝が何マイルも掘られている。いつの頃からかここにも魚が産卵しにくるようになり、最初にウォールアイとカワカマスがくる。でもその時期はダムの釣りが忙しく手が回らないので、その後サッカーがきたときに、やすか弓を持って排水溝にいく。みんな腰までの長靴を買えないので、脚が紫色になるまで氷のような水に浸かって魚をとり、時々たき火で脚を温める。6、70ポンド分とれたら自転車に魚を積んで町はずれにある燻製小屋まで運ぶ。燻製小屋の人は僕たちには老人に見えたが実際は40代ぐらいなのだろう。燻製にする仕事を手伝うと持っていった魚の半分を燻製にして返してくれた。夜通し煙の中に座って火を焚いたり弱めたりして目が真っ赤になるけれど、僕たちは一向に気にならなかった。僕たちにとっては、魚をとってはらわたを捨て燻製小屋に運び燻製にする、それこそが価値のあることだった。燻製は町の人々に飛ぶように売れ、片身50セントで売れたが、僕たちは味わえなかった。売り物に手はつけられない。そのかわりたいていの人が捨ててしまうウナギのように長いドッグフィッシュがとれると老人がおいしく料理してくれ、パンに載せて食べた。その間老人は釣りの話や禁酒法時代にカナダ国境で密輸をしたときの話をしてくれた。春の終わりと夏の始まりを感じるのはそうした時だった。

初めての当たり
 夏がきても急な寒波に襲われ晩霜が降りることがある。霜の後に冷たい水が川に流れ込むと、魚は秋がきたと勘違いして川をさかのぼってくる。最初は小さな魚、次に大きな魚がやってくる。中には20ポンドもあるカワカマスもくる。カワカマスは動くものならなんでも食いちぎる獰猛な魚なのでルアーを使って釣る。問題は寒さだ。正しいポイントにキャストし、「当たり」を感じられるように指で釣り糸を巻く。濡れた糸から冷たい水が滴り落ち指から手首へと流れ、腰や脚にぽたぽた落ちていく。それでも何時間もキャストして当たりを待つ。
 ある晴れた寒い朝、僕に奇跡が起こった。17ポンドもあるカワカマスが釣れたのだ。金属製のルアーをつけてキャストしたところ、すぐにリールが回り始め、ルアーにかすかな当たりがあったかと思うと、猛烈な引きがあった。竿がしなり、釣り糸が水面を強く打って波の跡が残った。カワカマスは抵抗し続けたが、ついに力尽きて川岸に釣り上げられた。そのとき魚の悲しげな声が聞こえたような気がして、みんなの反対を押しきってカワカマスを川に戻してやった。この先何度も春を迎え何百匹釣っても、あの17ポンドのカワカマスを釣ったときの興奮は二度と味わえないだろう。

「ブル」
 晩霜が降りるとカワカマスのほかにパンフィッシュが浅瀬に産卵にくる。これも大型の川魚で、僕たちは「ブル」と呼んでいた。まだフライフィッシングのない頃の話で、僕たちは当時使われていた竹竿を買えず、spring−steelスチール製のキャスティング・ロッドとどんな釣りにも使える重いリールを使っていた。僕たちは何よりもキャスティングのポイントが重要だと考え、魚が産卵しに来る水草の端に正確に着地するように何度も投げた。「ブル」の場合、針に食いついてもそれからが大変だった。2ポンドのパンフィッシュでも5ポンドのカワカマスやウォールアイ以上に抵抗するからだ。魚が食いついても3回に1回、いや4回に1回しか釣れなかった。
 釣った魚は近くの河原でポプラか広葉樹を燃やして料理する。「ブル」はクマの脂をひいた大きなフライパンで丸ごと焼く。クマの脂を使うのは、常温でも固まらず、葉や森の味が、魚や川や穏やかな夏の空気の味が混ざっているような気がするからだ。
 しかしこれもまだ本当の夏の釣りとはいえない。

サッカー
 朝晩は涼しいが日中だいぶ暑くなると、サッカーが湖や川から浅瀬に出てくる。サッカーは口が柔らかいので釣り針は使えず、弓を使って射る。僕たちは古いボートをどこからか見つけてきて浅瀬に浮かべ、ひとりが弓と釣り糸のついた矢を用意し、もうひとりが船尾に脚を広げて座る。ポイントが見つかると射手がひざまずき、ねらいをつけた魚の下のあたりめがけて射る。矢が魚の背に当たればいいが、体をかすめたり、尾びれに当たったりすると逃げられてしまう。これは射っている時間よりも濡れた洋服を乾かすためにマッチをこすっている時間のほうが長いので長続きしない。晩春の日ざしを浴びてサッカーの群は僕たちをあざわらうかのようにゆっくりと泳いでいく。

九丁目橋
 川の岸沿いにスイレンや水草が茂ると本当の夏がやってくる。そして九丁目橋のrock bassロックバスが餌に食いつくようになる。これが本当の夏の釣りの始まりだ。僕たちは完璧な釣りをめざしてあらゆることを議論する。竿、糸、針、そして餌にするミミズの種類に至るまで議論する。夏も盛りになれば適当に釣りをすることもあるだろうが、初夏の釣りは完璧をめざす。僕たちは九丁目橋までは自転車でいき、そこで降りて音を立てないように橋台まで引っ張っていってその隅に置く。ロックバスは橋台に沿って泳いでいて、針にミミズを刺しゆっくりと糸を垂らすと、もうそこにロックバスがいる。すぐには餌に食いつかないので餌を上下に動かしたりして誘う。餌が口の中に入り、針がしっかりかかったらそっと、しかしすばやく竿をあげる。ロックバスは敏捷なので針が抜けてしまうことがよくある。一匹目はなかなか釣れないが、釣れ始めると入れ食いの状態になる。魚は脂で揚げたり、潰したクラッカーの衣をつけて焼いたりして食べる。

ナマズ
 九丁目橋の釣りが終わると、釣りもだらけてくる。何しろ夏じゅう釣りができるうえ、寒い冬が終わった反動でみんなのんびりしている。そんな時期にナマズ釣りが始まる。ナマズのことをよく知らない人間は食べないが、貧しい少年たちはやがてナマズが「淡水のロブスター」や「魚のフィレミニョン」と呼ばれるようになる理由を知っていた。
 ナマズ釣りは薪が拾える河原で、流れに小さな渦ができているところを選ぶ。渦のあるところには小さな穴があり、そこにナマズがいるからだ。ナマズは深くて暗い穴が好きで、日中は餌に食いつかないが夜の10時半頃からほとんど一晩中食いつく。河原で夜を過ごすためには蚊がこないようにたき火をし、ポプラや雑草をくべてわざと煙が出るようにする。僕たちははえ縄と竿で釣った。はえ縄は1メートル毎にミミズをつけた針をつけ、重り用の石をつけてねらいをつけた場所に投げて朝まで放っておく。竿を使って釣るほうは30分以上も急に釣れなくなることがあるので、そんなときは満天の星空の下で横になって女の子の話をする。やがて東の空が明るくなり鳥が歌い始めると、はえ縄を引き揚げる。ほとんどの針にナマズがかかっている。
 ナマズは内臓を取り、頭を切り落として冷たい水で洗い、卵と気の抜けたビールを混ぜたつなぎに浸しクラッカーを砕いたパン粉をつけて揚げる。皮を剥がして揚げる人がいるがばかだ。皮がおいしいのだから。

ウォールアイ
 ウォールアイは魚のキャデラックだ。大きいのを釣るためには町の北側に広がる林に、川の上流にいかなければならない。そこには10ポンド以上あるウォールアイが3、4メートルの深さの暗い水中で黄色い目を光らせながら泳いでいる。ウォールアイを釣るには色々と準備が大変だ。まずボートがいるが、スティーブがどこからか見つけてきた。次は生餌で、一番いいのは大ミミズとカエルだ。大ミミズは九丁目橋の向こうにある林の腐った丸太の下にたくさんいた。きれいな土の入ったコーヒー缶に入れてアイスボックスで保存する。カエルのほうは町外れの川で見つけて「カエルの穴」に閉じ込めておく。これはウェインの父さんが考えついた方法で、縦横1メートル深さ60センチの穴を掘って、そこにカエルを入れブリキの板と草と藁で覆っておく。釣り旅行にいく1週間前から集め始める。3、4人で行く3日の旅ともなると全部で100匹以上必要になる。道具の準備も重要だ。みんなひとつは秘密の釣り具を持っていく。
 ゴルフ場のキャディーやボーリング場でピンをセットするバイトで貯めたお金で、特別のルアーや新しいリールを買い、その日が来るまで隠しておく。こうして全ての準備が整った。
 ボートにはカエルや大ミミズの入った缶とバケツが積まれ、道具をはじめとして全てが何度も点検され、いよいよ出発だ。ウィリーは自分で作った川の地図に現在地を書き込んでいく。現実の場所がウィリーの地図通りじゃなくても誰もからかわない。ボートは積み過ぎのせいか漕ぐのが大変で、数マイル上流にいくのがやっとだった。夕暮れになり停泊する場所を決めた。雨に備えて差し掛け小屋を作り、蚊を防ぐためにたき火をした。ウォールアイは夜が一番よく釣れる。しかしなかなか餌に食いつかないことで有名で、カエルのまわりで口をぱくぱくさせているだけだ。この動きを釣り糸とはりすを通して2本の指で感じ取り、魚がカエルに食いついたら竿をしゃくって釣針を魚の口に食い込ませ、すばやく竿を上げる。小さなウォールアイはたくさん釣れるが、みんな夜明けまでねばる。次こそ大きいのがかかると信じて。次がだめでも明日の晩がある。たとえ大きいのが釣れなくても一向にかまわない。大切なのはやってみることなのだから。

スイレン池のカワカマス
 カワカマスは1年に3度、春と夏と秋に釣れる。春はやすやすとルアーに食いつく。夏は、アフリカでゾウやライオンを仕留めるように、大きいものだけを集中してねらう。ルアーで釣るといいのだが、お金がないのでプラグ(木製のルアー)を冬の間に作っておく。カワカマスは早朝と夕方に一番食いつくので、まだ暗いうちにスイレン池に向かう。池に着いたら静かに岸に近づき、腰の深さになるまで池の中に入りスイレンの葉の切れ目でキャストする。カワカマスはスイレンの葉の下を泳ぎ回っていて、プラグが太陽の光に当たると戦車のように飛び出してきて猛然とアタックするので、うっかりしていると竿を離してしまうことになる。大きいといってもせいぜい4、5ポンドだが、激しく抵抗するのでプラグがはずれて逃げられてしまうことが多い。逃がした魚はいつも大きい。

浮きで釣る
 夏の釣りは、ウォールアイ、カワカマス、ナマズ、再びカワカマス、ウォールアイと繰り返されるので飽きがくることがある。そんなときみんなは「浮きを使って釣ろう」と誰かが言い出すのを待っている。これを言うには勇気がいる。なにしろ釣りに関して僕たちは完璧主義者で、浮きを使うなんて邪道と考えていた。しかし川岸に寝転がってガラスのような午後の川面に浮かんでいる浮きを眺めながら、他愛もないことやこれからのことを語り合う時間はなかなか捨てがたかった。寝転んでいる間に浮きは何度となく沈んでサンフィッシュやブルーギルが何匹も釣れた。

釣る!
 アメリカカワカマスはカワカマスの仲間だが、はるかに大きく、当時は3、40ポンドのものも珍しくなかった。けれどアメリカカワカマスについてはすべてが謎で、大きさも、どんなルアーに食いつくのかも、どんなに抵抗が激しいのかも、間接的に聞いた話ばかりだった。釣り方は簡単だ。良いリール、丈夫な糸、ワイヤーのはりす、良いルアーを選び、できるだけ遠くにキャストして素早く巻き取る。ルアーは高価なので僕たちはひとつだけ慎重に選んで買う。金属製の重いスプーンがベストだが、ルアーが水面に当たったらできるだけ早くリールを巻かないと石のように沈んで水底の倒木にひっかかってしまう。夏の間は太陽に照らされながら川岸に立ち、腕がぬけたように感じるまでキャストし続ける。腕に痛みが走ってもまだキャストし、次のキャスティングに賭ける夏が終わりに近づき、葉が枯れ始め空気が冷たくなると釣りのシーズンは終わる。一部の人を除いて。初霜が降り、岸辺に氷が張り始めるとまともな人間は釣りを止める。しかし初雪が降るとアメリカカワカマスが遊びにやってくるらしいと聞いた僕たちは、コートを着こんで古いオーバーシューズをはき氷の混ざっ水の中に立ってキャストする。糸についた水がリールで凍ってしまわないよう、巻き取るたびに親指と人差し指で糸をしごく。指が凍り冷たい水が手首から袖口に入っても、足の指の感触がなくなっても、まだキャスティングを止めない。いつも次のキャスティングに賭ける。
 やがて最後の日を迎える。雪が激しく降り始め、人々は感謝祭の準備をする。それでもなお「もう1回キャストしよう」とささやく声がする。

釣り小屋の夢
川や湖に氷が張り、重みに耐えられるほど厚くなると僕たちはスケートをする。川は湖へ続くハイウェーとなる。スピードを出して初冬を滑りぬける。この頃になると氷に穴を開けてカワカマスを釣る。人々は川や湖に釣り用の小屋を建て、氷の床に穴をあけ、釣りができるようにする。ルアーを上下に動かしてカワカマスを誘い、かかるのをひたすら待つ。小さなストーブで小枝やかんな屑を燃やし小屋を暖かくして、緑色の穴を見下ろしながら、次の年の春について語り合う。車はいつ沈むのか、どんな春になりそうか、どんな釣りのシーズンが待ち受けているのか。カワカマスがかかるのを待ちながら、冬が終わるのを、釣りのシーズンが始まるのをひたすら待つ。

[キャンピング]
川下り
 信じがたいことだが、夏の盛りに釣りがつまらなく思える時がある。何を提案しても、みんなやる気がなさそうに「もうやったよ」と答える。そのうち「キャンプをしよう」ということに落ち着く。そこでまず、どこに行くかが問題になる。何時間も何日も話し合い、その年は川の上流に行くことに決まった。マーク・トウェインの本のように冒険はすべて川から始まるからだ。ボートの入手は大変だったが、少々穴のあいた古いボートがみつかり、板を打ちつけたり、穴にぼろ布を詰めたりして修繕した。
 次は荷物だ。陸軍の古い小型テント、雨に備えて防水シート、蚊を防ぐための毛布、そして食料。今回は釣りも狩りもしないので大量の食料を持っていく。ホットドッグ、白パン、ポークビーンズの缶、コンビーフの缶、ピーナツバターの瓶、クッキー、マシュマロ、グレープゼリー……。
 いよいよ出発の朝。川岸に積み込む荷物を並べて最後のひとりブルースがくるのを待っていた。何度キャンプをしても必ず最後の数分に思わぬ災難が降りかかる。案の定、ブルースは見知らぬ少年を連れてきた。「ジルソンっていうんだ。南米からの交換留学生。親父が一緒に連れてけって」。ジルソンは英語の単語を40くらいしか知らないらしい。誰もジルソンを連れていきたくなかったが、置いていくこともできず、少年5人と荷物を乗せてボートは岸を離れた。
 上流へ向かうはずだったが、水が少し漏り、荷物が重くて流れに逆らって漕ぐことができず、急きょ川を下っていくことにした。最初ボートは速く進んでいったが、正午になる頃には日中の暑さのせいかなかなか進まないような気がした。ウェインが何やら説明しながらもう20マイル近く進んだと言っても、誰も聞いていなかった。ジルソンは下手な英語で自分のことを話し始めた。彼は僕たちより1歳年長で、リオデジャネイロに住んでいた。そこには娼婦がいて、1度ならず4度もそういう所に行ったことがあるそうだ。僕たちはジルソンの話に夢中になり、ボートがどんな場所を流れているのか気にも留めなかった。ジルソンが手を動かしながら女性の体について何か言おうとしたときだった。ボートが倒木から出ている大枝にぶつかって床板が割れ、僕たちは荷物といっしょに放り出された。
 僕たちは岸から這い出て緑の生い茂った林の中へ入った。さいわいウェインが防水袋にマッチを入れていたのでたき火をして蚊を追い払い、どうやって町に戻るか話し合った。多数決の結果、川に沿って戻ることになったが、道がないのですり傷や切り傷をこさえながらツタやイバラをかきわけて進んだ。蚊の餌食にはなるし、喉は渇くし、お腹はぺこぺこだった。やがて暗くなり、「暗いうちは進むのは無理だ」というウェインの言葉で僕たちは薪を集めたき火を始めた。たき火のせいでみんな少し元気が出てきた。またジルソンの娼婦の話になった。ところがしばらくしてウェインがいないのに気づき、大声でウェインの名を呼んだが、返事がない。みんなで話し合い明るくなるまで待つことにしたが、川で溺れ死んだ少年の話をいくつも知っていたので、だんだんと口数が減って妙に静かになった。みんながウェインは川に落ちたんだとあきらめかけたとき、ヤブのなかで音がしてウェインがたき火の明かりのなかに現れた。
 ウェインは卵をいっぱい載せた古い大型のシャベルを抱えていた。「ニワトリの声がしたから調べに行ったら、半マイル先に人が住んでいない農場があったんだ。それにハイウェーもすぐそこだよ。明日になったらハイウェーに出てヒッチハイクして帰ろう」。3ダースの卵をシャベルで焼いて、ウェインの防水袋に入っていた塩とコショーを振りかけて食べた。最高においしかった。ロイドなんか食べながら泣いていたくらいだ。
 僕たちはたき火のまわりに横になり、まどろみながらまたジルソンの娼婦の話を聞いていた。「おもしろかったよな。来年はどこで沈もうか?」とビルが言った。みんなは賛成とばかりに肯きながら、去年のキャンプは今年ほどおもしろかったかどうか思い出そうとしていた。

[ハンティング]
ライチョウ
 新学期が始まった。夏の間じゅう釣りやキャンプをして、夢や希望や自慢話をして過ごした僕たちにとって、学校は学ぶ場所というより会ってしゃべる場所、メモや地図を回覧し、狩りの計画を立てる場所になった。最初の狩りはいつもライチョウで、州は解禁日を9月末に定めている。狩りの楽しみは道具の準備から始まる。しかし僕たちにはお金がないので、どれかを選ばなければならない。ブーツは6ドル近くする。22口径ロングライフルの弾は50弾入り1箱30セントで20箱は必要だ。このライフルは単発式で、家畜を狙うイタチやネコなどの小動物を退治したり、狂犬を撃ったりするために使われる実用本位の銃だ。だから安く、新しいものでも12ドル以下、中古なら2、3ドルで手に入る。狩りの前日は興奮してなかなか眠れなかった。ライフルのチェックを何度もして、ブ ーツに油を塗った。目覚ましがちゃんと鳴るか確認してからベッドに入ったが、10分おきに目が覚めてしまった。やっと深い眠りについた頃はもう起きる時間で、ジミーが通りがけに部屋の窓から小石を放り込んで起こしてくれた。
 外はまだ暗く、空気がひんやりしていた。僕たちが待ち合わせの孵化場に着いたときには、もう3人の少年が待っていた。ハーヴェイがタバコを吸うたびに顔が浮かびあがった。みんなタバコを吸ったことはあるが、年中吸っているのはハーヴェイだけだ。僕たちは歩き出し、4丁目橋を渡ってトウモロコシ畑を過ぎポプラとマツの林に入った。ライチョウを驚かせないように静かに歩いた。まだ明るくはないが物の輪郭はわかった。僕たちはその場でさらに作戦を立てたが、結局毎年同じで良いライフルを持っている者が両端に陣取った。準備が整い全員配置についたが、まだ狩りをするには暗すぎた。太陽はじれったいほどゆっくりと林の上に顔を出し、まず木を、それから枝を、やがて葉を照らした。

初めての命中
 僕たちは色々な生活の場を持っている。ひとつひとつ異なりどれも重要で完結している。夜はボーリング場の世界だ。暗いピットで、ボールがピンをはじく音で鼓膜が破れそうになりながら、2つのレーンを受け持ち倒れたピンを払って残りのピンを立てていく。1レーン7セントのバイト代で、平日の晩は11時半まで働く。それで週に12ドル。
 酒場の世界もある。ボーリング場のバイトの前や週末の遅い時間に、酒場で新聞を売る。酔っ払うと気前がよくなるのでそれまで待っている。客たちが酒を飲みながら仕事や車や釣りの話をし、女のことをあからさまに言うのを聞いている。
 家庭という世界もある。両親はけんかをして、酔っ払い、罵り合い、仲直りし、またけんかをして、酔っ払い、罵り合う。少年には隠れ場所が必要だ。安アパートの裏手にある地下室にいき、スプリングが飛び出した椅子に座り、裸電球の下で読書する。本を読んでいれば別の世界へ、別の時代へ飛んでいける。
 盛り場の世界もある。小銭を賭けたり、路地裏で喧嘩したりする。たいてい取っ組み合いの喧嘩で、目にあざができたり鼻血が出たらやめる。それ以上はやらない。そして林の世界。早朝の林は霧が立ちこめ、樹氷がかすかに光っている。狩りの初日の朝日はすべてを一変する。僕たちは町の少年でも、酔っ払いの両親の息子でも、盛り場の少年でも、酒場の少年でも、ボーリング場の少年でもなく、ハンターになる。
 22口径のロングライフルでは飛んでいるライチョウを撃てないので、地面でじっとしているライチョウをねらうことになる。ところが茶色に灰色の斑点がついた羽は、隠れ場所とし選んだ低木やヤナギの下の落ち葉に紛れて区別がつかない。おまけにライチョウはじっとして少しも動かない。生物としての存在を消して地球の一部になっている。
 ライチョウがあまり長いことじっとしているので、待っているこちらのほうが痺れを切らし飛び立つ前に撃ってしまった。「何を撃ったんだ?」「ライチョウだよ」「当たったのか?」「はずれたよ」と言葉が行き交った。ライチョウはじっとしている。
 1メートル先のヤナギの下だ。ナイフで空の薬莢を取り出し、新しい弾を詰めた。ライフルを構えて狙いをつけ引き金を引いた。はずれた。30センチ、いや50センチ上をかすめた。「当たったのか?」とあちこちで声がした。ライチョウはまだじっとしている。ナイフを捜すために一瞬目をそらしたとき、雷のような音がしてライチョウが地面から吹っ飛んだ。あまりびっくりしたものだから、ちびってしまった。「当たったのか?」とまた声がした。ちょっとためらい、息を吸ってから言った。「はずれたよ。飛んでいった」

弓で狩る
 秋が来て狩りが始まると、学校もバイトも女の子も二の次になる。弓の狩りはライフルの狩りよりも手間がかかるのでなおさら大変だ。新式の弓は高くて僕たちには手に入らないから、自分たちで弓を作る。一番いいのはレモンの木で、職業課のハルヴァーソン先生から1ドルで買う。先生は空のパイプをくわえて自分の狩りの思い出話をしながら、僕たちの弓作りを手伝ってくれる。それから矢も自分たちで作る。矢柄や矢尻や羽など材料をなるべく安く手に入れて1本4セントで作ってしまう。買えば28セントだ。矢筒は古い革の空軍ジャケットの袖を切り落として作り、古いベルトで肩にかける。ライチョウ、ウサギ、シカなど狙う動物によって矢尻の大きさや形が異なってくる。
 弓で狩りをする利点は音がしないことだ。周りにいる動物に気づかれずに射ることができる。もっともライチョウやウサギなど小さい動物を射るのは非常にむずかしい。草むらで動き回っているのでなかなかみつからず、いたずらに切り株に当てるだけで収穫なしで終わってしまうこともある。
 しかし州がオオカミやキツネの数を調整するために罠を仕掛けていた時代には、ウサギが繁殖してあちこちにいるので簡単に射ることができた。州政府はそのウサギを買い上げて貧しい農場や孤児院に配った。福祉やフードスタンプのなかった時代の話だ。僕たちは仕留めたウサギをエッカート老人のところへ持っていき、1羽につき10セントで買ってもらった。1日に100羽も仕留めたこともあった。何年もしてから聞いた話では、エッカート老人は州政府に1羽につき25セントで売って15セントももうけ、町の西に数百エーカーの土地を手に入れたそうだ。老人はヨーロッパの強制収容所を生き延びた人で、もうけたお金で同じ境遇の人々が新生活を始める援助をしていたらしい 。
 弓を使ったシカ狩りは、実際には1年前から始まっている。準備に時間とお金がかかるからだ。シカを射止める唯一の方法は、心臓や肺に命中させて即死させ、きれいに死なせることだ。胃や脚や尻に矢が当たった場合は逃げられ、跡を追っても見つからないことが多い。だから段ボールにシカの等身大の絵を描いて心臓に命中させる練習をする。シカ狩りのシーズンが始まっても1頭も射止めることができず、ただ林のなかを歩き回って秋を満喫するだけで終わってしまうこともある。
 その日僕はひとりで狩りをしていた。早朝の澄んだ空気のなかだと音がはっきりと聞こえる。ライチョウが動き回る音、枝や葉がこすれる音、それからシカの足音。目の端で何か動くものがあった。シカの背だ。6メートルも離れていない。生きたシカをこんなに近くで見るのは初めてで、狩りにきていることを忘れていた。われに返り弓を構えたとき、シカが振り向いて僕を見た。僕は少しもためらわず矢を放った。命中だ。矢尻から羽まで真っ赤に染まっている。シカはまだ僕を見つめていた。僕は外れたときの言い訳なら何百と知っていたが、当たったときの言い訳は知らなかった。このときは当たった言い訳が欲しかった。シカは頭をもたげ林や空をみてからがっくりと頭を垂れた。そのとき僕は知った。一瞬のうちに美しいものを殺してしまったことを。シカの世界を終わらせてしまったことを。自分の世界はまだまだ続き、何百万回と息をし、眠り、愛し、そして色々なことを体験していくというのに。あのシカの最期は一生忘れられないだろう。

カモ猟
 ライチョウやウサギやシカを弓で狩った後はカモ狩りをする。それは10月末の雨の寒い朝に始まる。町の北に湿地帯があってマガモが飛んでくる。僕たちはカモ狩り用のボートを持っていなかったので、泥に長靴を取られながら歩いて近づいていって撃つ。ウェインのラブラドル犬が、みんなの撃ったカモを拾ってくる。
 でも僕にはカモ狩りに連れてってくれるおじさんがいた。おじさんはカモ狩り用のボートと古いトラックと茶色のレトリバー犬のロビーを持っていた。朝鮮戦争から戻ってきたばかりで、僕の生活のなかに1年間だけ入り込んで、モンタナへ引っ越してしまった。おじさんは犬のロビーが大好きでどこにでも連れて行き、まるで人間を相手にしてるように話しかけ、ときには哲学書を読み聞かせていた。
 僕は狩りの前の晩は興奮して眠れず、そのまま約束の4時を迎えてしまった。外は暗くて寒く、水溜まりに氷が張っていた。おじさんのフォードに乗り込むと、前の座席に座っていたロビーが僕の膝のうえに乗ってきた。僕は犬の首に顔を埋めて眠り込んでしまい、「湖の南端のところで狩りをするぞ。朝一番に飛んでくるやつを撃つ」というおじさんの声で目がさめた。僕は肯いたが、おじさんはロビーに話し掛けていたようだ。おじさんはトラックを止めて降りると、後ろに回ってゴムボートを降ろした。ボートは平底で、湿地の草をかき分けて進めるように両端が尖っている。おじさんは隠れ場のあるところまで漕いでいって、おとり用の鳥を浮かべると「もう弾を詰めておいたほうがいい。もうじき夜明けだ」と言った。
 最初の群が飛んできたとき、それはかすかに明るくなり始めた空のしみのように見えた。おじさんが呼び笛を吹くと、8〜10羽のカモがこちらに飛んできた。僕はじっとしていられなくて、思わず立ちあがって撃ってしまった。銃声に驚いて、ボートの周りにいたカモが一斉に飛び立った。僕が呆然としている間におじさんは座ったままの姿勢で2発撃ち、2羽を仕留め、まだぽかんとしている僕に「なあに、次はうまくいくさ」と声をかけた 。
 確かに次はうまくいった。カモの群がまた飛んできて、おじさんが呼び笛を吹くと群の一部がこちらに降りてきた。「俺は左を撃つから、おまえは右を撃て」とおじさんが言った。カモが宙に浮かんでいるように見えるのを撃たずにじっと待っているのは辛かったが、今度は我慢した。カモが着陸態勢に入り、おとり用の鳥のそばをかすめても待った。目の隅でおじさんが銃を構えるのが見えた。僕は右側のカモを狙って引き金を引いた。おじさんも同時に撃ったのだろう、カモが2羽落ちてきた。体がばらばらになって落ちてきたように思えた。首は後方にねじれ、翼は空にくっきりと浮かびあがってみえた。シカの最後を思い出した。動物の命を奪っていいのだろうかとこのとき初めて疑いを持った。子供時代を終わらせ、ある意味で狩りの喜びを終わらせる疑いを。結局はその疑いを抱いたために僕は夜明け前の林から実社会へと歩き出すようになった。実社会で僕は生きることを学んだが、少年時代に釣りや狩りの世界とは違って、愛することは学ばなかったように思う。

[コメント・感想]
 とても楽しいエッセーで、50年代のアメリカ北西部の片田舎にタイムスリップしたような気になってしまった。
 なにしろ春から秋にかけての季節の移り変わりと釣りや狩りに興じる少年たちの姿がいきいきと描かれている。勿論楽しいことばかりではなく、釣りも趣味と実益が兼ねてあり、小遣い稼ぎに酒場で旬の魚を売ったり、薫製にして売ったりして苦労している。また後半の[キャンピング]や[ハンティング]では主人公らしき少年にスポットが当てられ、アル中の両親やボーリング場のバイトなど現実的な要素が加わり、最後には動物の命を奪うことへの疑問、実社会への旅立ちをほのめかして終わっている。
 少年たちのほかに登場する大人も魅力的だ。薫製小屋の老人、ウサギを買い取るエッカート老人、弓作りを手伝ってくれるハルヴァーソン先生、そしてカモ狩りに連れてってくれるおじさん。彼らは、両親や酒場の酔客とちがった人生を少年たちに垣間見せてくれる。
 特に[キャンピング]の「川下り」と[ハンティング]の「カモ」の話は、ひとつの短編小説といっていいほど完成度が高い。「川下り」はまさに少年たちの冒険物語、「カモ」は優しいけれど謎めいているおじさんや犬のロビーと、家庭的に恵まれていない作者らしき少年との心の触れ合いの物語になっている。
 また、「弓で狩る」のシカを射止めたシーンや「初めての当たり」で17ポンドもあるカワカマスを釣り上げるシーンもいい。
 最後に断っておきたいことがある。作者は少年時代の自分自身をIという一人称を使わずに、the boyという三人称を使って登場させている。作者の意図を汲んで「少年」と客観的な言葉でまとめるべきだったのかもしれないが、うまくいかなかったので「僕」にしてしまった。
 インターネットで作者のことを調べたら、「アル中の両親がいて早くから自活していた」とあった。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/8/22