管理者:金原瑞人

<題名>
Between the Forest and the Hills (仮題『森と丘のあいだに』)
<作者>
Ann Lawrence(アン・ローレンス)
<発行年>
1999年 (コピーライト1977年Ann Lawrence Estate)
<ページ数>
本文247ページ

<主な登場人物>
フロンタリス      イッシウムの総督。
マリウス        イッシウムの主教。
アストラガラス     イッシウムの駐留軍隊長。
エイクサン       シーナの夫。
シーナ         フロンタリスの娘。
フォルクス       エイクサンの弟。
ウルナ         サクソン人の少女。
テレス         謎の行商人。
トークラ        ウルナの父親でサクソン人の頭首。
デンドライト      マリウスの息子。
フルーディン、コンチャ 人語を話すカラスの親子。

<概要>
 ローマ帝国衰亡のころ、西ブリテンにある辺境の駐屯地イッシウムは、帝国の保護から切り離され、孤立した状態にあった。そんな中、偶然に異邦人サクソン人の集落がすぐそばにあることを知ったイッシウムの人々。襲撃におびえながらも、独自の方法で「生き残り」の道をさぐる。魅力的な登場人物を配し、ユーモアと機知に富んだ歴史物語。

<要約>
第一章 村 THE VILLA
 栄華を誇ったローマ帝国の末期。二分された帝国の西半分は、蛮族の進入が続き、弱体化する一方であった。
 西ブリテンの駐屯地帯イッシウムもまた、そうした帝国の衰退によって重大な局面を迎えていた。周囲を山と森と川に囲まれるという特異な地形に、街道で南から北に、三つの駐屯地が結ばれている。もとはそのうちの一駐屯地名だったイッシウムの名が、いつしかこの一帯の総称となっていた。ブリテンの西端で特殊な地理的条件にあるイッシウムは、帝国の軍事的、政治的支援の撤退に伴い、今や周囲から孤立した状態になりつつあった。
 若き日に赴任し30余年をこの地に過ごした総督フロンタリスと主教マリウスは、イッシウムの行く末について案じていた。キリスト教の信仰を持たないフロンタリスと、主教という立場のマリウスではあったが、その友情はあつかった。またふたりは、20年ほどに帝国が一時的に軍を撤退させた際、混乱をおそれて多くのローマ人たちが去っていったにもかかわらず、強い責任感と愛着からこの地に留まっていた同士でもあった。その後、再び軍が戻ってくると町は活気を取り戻し、ふたりは名実ともにイッシウムの指導者となった。
 そして、帝国がついに本格的にこの地の統治を放棄した今、独立した集落として政治、宗教指導、財政、軍事防衛すべてにおいて独自でやらねばならないというのに、人材、財力ともに不安はつきない。しかし実のところ、ふたりにとって目下の一番の関心事といえば、フロンタリスは、隣村に嫁いだばかりのひとり娘のこと、マリウスは、若さ故の潔癖さから真実の信仰を求めてアイルランドへと旅だって久しい息子のことだった。
 一方、イッシウムの駐屯隊長であるアストラガラスは、本国より出された「全軍撤退」の最終令を皮肉な思いで受け取っていた。アストラガラスは、帝国が例の一時撤退後に軍隊を再び派遣した際、隊長としてイッシウムにやってきた。その数年後に定年を迎えることになっていたため、すぐにローマへ帰るつもりでいたのだが、結局本国からの帰還命令も定年の辞令もなく、そのままこの地に留まっていたのである。この形ばかりの命令を受けいったんはイッシウムを離れたアストラガラスたち老兵は、結局は途中でイッシウムに戻った。アストラガラスはこれから、息子や孫たちにこの地の自衛をまかせられるよう、教育に力を注ぐつもりでいた。
 結婚して間もないフロンタリスの娘シーナとエイクサンは、始まったばかりの新しい生活を大いに楽しんでいた。しかし、エイクサンの10歳の弟フォルクスは、我が家にはもはや自分の居場所がないと感じていた。エイクサン、フォルクス兄弟は数年前に両親を亡くしており、その後数年間、フォルクスは後見人であるフロンタリスの家に預けられていたが、この結婚で女手ができたこともあり、再び生家に戻ったばかりだったのである。生家もフロンタリスの家も、やがては兄とシーナのものとなる。自分は、この先どこでどうやって生きていけばよいのだろう? そんなフォルスの心をいっそう揺さぶるのが、人語を話す、カラスのフルーディンだった。
 フルーディンの母であるコンチャは、ひな鳥の頃から主教館に住み着き、聖句や聖歌を覚えて人々に不思議がられ、子のマリウスは、フロンタリスやマリウスの好むウェルギリウスの詩を暗誦するようになっていた。「アウソニアの地(イタリア)を求むべし!」――フルーディンは、フォルクスの気持ちを見透かしているかのように、行く先々に姿を現しては『アエネーイス』の一節を繰り返す。フォルクスは、このフルーディンの執拗な呼びかけをうっとうしく思いながらも、半ば強迫観念にとりつかれたように本気でイタリア行きを計画し始める。
 そしてある初冬の日、フォルクスはついにイタリアの地をめざして旅に出た。ところが、町を出て森に入ったところで、フルーディンがふいに舞い降りてくると、「蛮族きたる!」と言い出した。そして茂みの中から「蛮族」であるサクソン人の幼い少女が姿を現す。少女は長い間森をさまよっていたらしく、全身が汚れ、疲れ切って怯えていた。ことばは通じないが、とにかく食べ物を与え、名前を「ウルナ」と聞き出した。このままおいていくわけにはいかないと悩んだ末、フォルクスはウルナを連れてイッシウムに戻ることに決めた。
 ところが途中で道がわからなくなってしまい、フルーディンが廃墟と化した昔の集落の跡地にとふたりを導いた。夜露をしのげそうな建物もあり、一晩をそこで過ごすことにした。ふたりはあたりを歩き回るうち、高い塔のある建物の中で、ガラスの杯のようなものを見つける。ろうそくの炎に反射して色を変える杯を見たウルナがなぜかひどく怯えたため、フォルクスは後から取りにくるつもりで、別の部屋にかくすと、眠りについた。
 夜中、フォルクスは、何かの気配を感じて目を覚ました。庭に出ると、片目を黒い眼帯でかくした男の姿があった。この場所を知り尽くしているようすで、馬をつなぎ、荷物を運ぶと、フルーディンと親しげに会話を交わしている。フォルクスが男の前に姿をあらわすと、男はテレスと名乗り、各地をまわる行商人でイッシウムにもたびたび行ったことがあり、フロンタリスやマリウスのことも知っていると言う。フォルクスは、そのひとつの目に宿る光が優しさにあふれているのを見てテレスを信頼し、夜が明けたらイッシウムに連れていってもらうことにした。ウルナも、目覚めて最初のうちこそおびえていたが、テレスがサクソン語を理解すると知るや、たちまち心を許した。
 テレスの案内で無事に我が家に着いたフォルクスだが、兄とフロンタリスからはこっぴどくしかられ、またウルナを連れ帰ったことで思いもかけない問題をイッシウムに持ち込んだことを知らされる。
 ウルナの存在は、そのままサクソンの集落がこの付近にあることを意味する。それは、フロンタリス、マリウス、アストラガラスらイッシウムの指導者たちも全く予想していないことだった。議会が緊急召集され、具体性かつ緊急性を帯びてきたイッシウムの防衛問題とともに、ウルナの扱いについて激しい議論が交わされた。テレスによると、ウルナは、サクソン人の中でも身分の高い家の娘で、弟が生まれて家族の関心が自分からそれたことを不満に思って、家を飛び出して道に迷ったということだった。ウルナを家に帰せば自分たちの存在をみすみすサクソン人に知らせることになり、かといってこのまま引き留めていれば、遅かれ早かれサクソン人たちはウルナを探してこの集落を見つけるだろう。結局、テレスが、イッシウムの場所が特定できないように迂回しながらウルナを連れ帰るということで落ち着いた。テレスは、ウルナにイッシウムは魔法の国で、自分がその国の王であると信じ込ませ、また他の町に連れていくことで記憶を曖昧にし、イッシウムの存在と位置をごまかすことができると考えていたのだった。議員の中には疑いを持つものもいたが、フロンタリスとマリウスの信頼を得て、この問題はテレスにまかされることになった。
 ウルナ本人は、こうした騒動を知るわけもなく、フロンタリスとマリウスの侍女たちやシーナにかわいがられてこの短い滞在を楽しんだ。最後の夜、マリウスによってキリスト教の洗礼を受けると、ウルナはテレスに連れられてイッシウムを後にしたのだった。

第二章 侵攻 THE INVATION
 その年の冬、イッシウムの町は、突然現実的になったサクソン人の脅威に、すっかり浮き足立っていた。城壁には定期的に見張りが立ち、議会は防衛費の大幅な拡大を宣言していた。アストラガラスら軍部は、高地にあるために周囲の城壁が低く、防衛力の劣る主教館と教会を町から切り離し、新たな防御壁を作ることを提案したが、マリウスが民と教会を切り離すとは何事かと頑なに拒否したため、立ち消えになってしまった。実際のところ、冬が終わり、春になってもサクソン人が攻めてくる気配はなく、パニック状態だったイッシウムの町は次第に以前のようなのんびりした雰囲気を取り戻しつつあった。
 その雰囲気を一変させる事件が、5月に起こった。サクソン人の若者数人が、城壁を越えて主教館の庭にある果樹園に入り込んできたのだ。
 そのときマリウスは、嬉々として大切な蜂蜜の採取に取りかかっていたところだった。蜂に刺されないように全身完全防備をして敷地内にある果樹園に向かったところ、若者たちが騒いでいる声がしてきた。マリウスは、若者の行儀や作法に厳格なところに加えて、彼らのひとりがうっかり蜂の巣に頭をぶつけたのを見て、若者たちがだれかも知らぬまま一喝、果樹園から蹴散らす。マリウスの異様な姿とそのすさまじい怒りに触れ、さらには蜂に襲われて、サクソン人はすっかり怯えきって森へ逃げていった。マリウスは大切な蜂が逃げたことに怒りを爆発させ、駆けつけたアストラガラスに指摘されるまで、侵入者がサクソン人だということに気付かないままだった。
 この事件は、一方のサクソン人にとっても、違った意味で大きなものであった。ウルナの父であるトークラは、近海の島より数年前にブリテン島に移住してくると、サクソン人の少ないこの地方へと移動し、森をはさんだイッシウムの南西の地に、集落を作り上げていた。さらに故郷から親戚を呼び寄せて、集落の拡大をはかっている。マリウスの果樹園に進入した若者たちは、実はブリテン島に到着したばかりのトークラの血縁の者で、トークラの集落をめざしているうちに、偶然イッシウムのそばを通りかかったのである。付近にはローマ人の集落はないときいていたため、まったく無防備だった彼らにとって、蜂よけに防備したマリウスの異様な姿と、降ってわいたように彼らを襲った蜂の大群は、まさに魔法の世界での恐ろしい体験だった。彼らの話をきいたトークラは、ウルナのような子どもではなく、いい年をした青年たちが「魔法の国」に足を踏み入れたなどと言い出したことに怒りを露わにする。トークラは、それが「魔法の国」などではなく、ローマ人の集落であること、そしてウルナがいた場所も同じであることを確信し、本格的な襲撃の計画にとりかかった。
 イッシウムでは、事件の翌日早速議会が召集され、あらためて防衛軍について激しい議論が交わされていた。そこへ、テレスが姿をあらわし、ウルナの父親が率いるサクソン人の集落についての情報がもたらされる。テレスはもろもろの危険を考慮して、ウルナを連れ帰る際直接その集落を訪れるは避け、その近くで出会ったトークラを知っている人物にウルナを預けていた。トークラたちが領地の拡大のため、いつ森をこえてイッシウムまでやってきたとしても不思議はないとするテレスの報告を受け、その日の議会で、テレスを案内人とし、エイクサンら数人の若者が偵察隊を結成されることが決まり、さっそく情報収集に派遣された。
 数日後、偵察隊がイッシウムに戻ってきた。テレスは、途中で次の行商に出るために別れていた。サクソン人たちは約20日後の新月のころ、イッシウム襲撃の予定を立てていることはわかっていたが、城壁の補強をしている時間はなく、実戦になったときも、経験の少ないイッシウムの軍隊にどれだけ分があるか定かではない。そこでマリウスは、サクソン人の迷信深さを利用し、彼らの襲撃に合わせて彼らを驚愕させるようなことをすればどうかと提案する。たとえばなにか大きな音を立てて驚かせる――。
 このマリウスの案に賛同し、多くの民が集まった。10日後、イッシウムに戻ったテレスは、城壁の後ろに木製の舞台を作り、全員で「ハレルヤ」を合唱することを提言した。
 さて、フォルクスは、自分も兵士として城壁に立ちたいと切望していたが、兄は子どもの戯言と、いっこうに聞き入れようとしない。不満をつのらせたフォルクスは、作戦当日、兄を訪ねるふりをして城壁の上にあがりこんだ。うまくもぐりこんだつもりでうかれていたところへ、兄の声が近づいてくる。あわててそこから逃げようと城壁の手すりに飛び乗ったフォルクスは、うっかり人々が朝食の煮炊きをしていた油の容器を倒してしまう。大きな炎があがり、あたりは一瞬緊張に包まれる。
 この騒動も、トークラたちサクソン人にとっては、まったく別の意味を持っていた。襲撃に備えて遠方よりイッシウムを偵察していた彼らの目には、大きな炎とともに人間には見えない小さな生き物が城壁の上に姿をあらわしたように映ったのである。トークラは、怯える兵士たちを一喝し、襲撃の準備を始めるよう後ろに控える軍隊への連絡に走らせた。ひとりになったトークラの目の前に、ふいにわき起こった灰色の霧とともに、片目を黒い眼帯で隠し、カラスを両肩に止まらせた男が現れた。これは、ウルナの話に出てきた「魔法の国」の神と同じ姿ではないか。驚くトークラに、「神」は「強行するよりも慎重に行くのが知恵である」と告げ、またふいに姿を消した。そこへ、これまでに聞いたことのないような大きな音が響き渡った。ローマ人の城壁の上に、白い服を着たおびただしい数の人間が立ち、歌っているのだ! トークラは、これがなにかの仕掛けであることを知りながらも、この大音量に圧倒され怯えきった自軍の兵士をこれ以上たきつけても、決して有利な戦いにならないことを悟ったのだった。そしていったん撤退すると、兵士たちを前に、神に授けられた「知恵」を実践しに、再びローマ人のもとへ向かうと告げたのだった。
 敵に戦いの意志がないと見て取ったフロンタリスらは、アストラガラを通訳に話し合いに応じる。トークラは、娘が1年前に1か月ほど行方不明になったこと、戻ってきてからというもの、自分を連れ帰った「魔法の国の神」や「フォックス」というもののことばかりを口にするようになり、すっかり変わってしまったこと、さらにこの数か月は重い病に冒されていることと告げる。そして、すべてはこの地で「水を頭にかける」儀式(*キリスト教の洗礼式)で呪いをかけられたためだと考え、復讐に訪れたというのだ。彼が求めるのは、ウルナの呪いを解いて病を治すことで、その要求を断れば、攻撃を続けるという。かつてローマの衛生兵として戦地に赴いた経験もあるラムスは、ウルナが去年流行した疫病にかかっているのではないかと不安を感じる。しかしトークラの申し出を断るわけにはいかなかった。

第三章 光の杯 THE CUP OF LIGHT
 一週間後、トークラに連れられてイッシウムを訪れたウルナは、一年前に比べるとすっかりやせ細り、顔色も悪かった。今すぐ娘にかけた呪いを解くようにと言うトークラに、マリウスはウルナの病は呪いや魔法のせいなどではないと答え、イッシウムにとどまって治療を続ければ必ずよくなると説明する。トークラは、このマリウスのことばに反発するが、フォルクスが現れると、それまで黙り込んでいた娘が、「フォックス」と声をあげて別人のようにはしゃぐ姿を見て、しぶしぶマリウスの申し出を受け、ウルナをおいてイッシウムを去った。
 ラムスの診断では、ウルナは肺病にかかっており、フロンタリスの家で1か月を過ごした頃には、かなり体力を回復させていた。ラテン語を習い覚え(カラスのコンチャは彼女のいい勉強相手だった)、イッシウムでの生活を大いに楽しんでいた。フォルクスを慕って後を追いかけ回してばかりいたが、ウルナの存在にイッシウムの平和がかかっているという認識から、少年たちはフォルクスに敬意を感じ、またウルナを大切に扱っていた。
 数か月後フロンタリスら長老3人は、ウルナの回復とトークラの報復について話し合っていた。ウルナの回復ぶりから言えば報復を受けるいわれはないはずだが、ますます強大になりつつあるという噂のトークラ一族が、このままイッシウムを放っておくとは思えない。漠然とした不安は消えないまま、イッシウムでは秋の収穫を迎えようとしていた。
 収穫祭の日、トークラが再びイッシウムを訪れた。すっかり元気になった娘を家に連れ帰ろうとするが、ウルナは人々が気にかけてくれるここでの生活が楽しく、帰りたがらない。また、ラムスが病は完治したわけではなく、このままここで冬を越したほうがよいだろうというと、トークラはしぶしぶ帰っていく。
 シーナが臨月を迎え、フォルクスは冬の間フロンタリスの家に預けられることになった。ウルナは、退屈な冬の間、フォルクスと同じ家で過ごせることを喜んだ。ある日のこと、ウルナは突然フォルクスに「トロルの家で見つけた光の杯」の話を始める。初めは何の話をしているのかわからなかったフォルクスだが、テレスと出会った廃墟で見つけたガラスの器を思い出す。ウルナは、コンチャが繰り返し唱えていた詩篇の一節を聞いて、その杯の意味を知ったというが、フォルクスがその意味を尋ねてもはっきりとは答えない。
 そのちょうど翌日、フォルクスの学校が休みとなり、またシーナが産気づいたためにフロンタリスと侍女が家を空けることとなった。ふたりはこのチャンスに、廃墟まで行くことにした。一年ぶりに訪れたその場所は、あいかわらずうら寂しくひっそりとしていた。フォルクスは、大人になったらこの街を修復して移り住むことを考える。ウルナは、自分も連れてきてほしいと頼む。「光の杯」は、フォルクスが隠しておいた場所から、別の部屋にあるテーブルの上に移されていた。不思議がるふたりに、ふいに若い男が声をかけてきた。男とフォルクスたちの間で、「杯」の所有についてひとしきり口論が起こったが、フォルクスがフロンタリスの名を口にし、ウルナが杯はマリウスに贈るものだと打ち明けたとたん、男は態度を変えた。ふたりは、かつてイッシウムに住んでいたという男とともに帰途につく。
 実はこの男こそ、アイルランドに行っていたマリウスの息子、デンドライトだったのだ。真の信仰を求めて旅立ったものの、逆にその潔癖さゆえに挫折していた。マリウスはそんな息子を不器用ながらもあたたかく迎え、久しぶりの親子水入らずの夜となる。一方、シーナは無事に男の子を出産、フロンタリスも嬉しい夜を迎えていた。ウルナとフォルクスが持ち帰った「光の杯」は、マリウスによって教会の祭壇に飾られた。ウルナは、自分に信仰の世界を教えてくれたマリウスこそ、その「光の杯」を持つにふさわしい人であると考えたのだった。
 そんな中、テレスが再びイッシウムを訪れ、トークラがサクソン人の要人を引き連れてこちらへ向かっているという知らせを届ける。
 はたして数日後、イッシウムの議事堂で、トークラたちサクソン人の一行と、イッシウムの議員とのあいだで、今後の関係についての議論が交わされることとなった。テレスも通訳として出席していた。トークラが、ここまで無血の関係できたのならば協調関係を結ぶことが現実的だろうと言うが、イッシウムの議員のひとりがそのことばを疑う発言をする。トークラは我が子を人質に預けている自分たちこそがこの関係に異議を唱えるべきではないかと怒りを露わにする。そのとき、マリウスとアストラガラス、ラムスがそろって自分が代わりの人質となろうと言い出した。マリウスは、数か月前からこのことを考えており、ウルナからサクソン語を習っていたのだ。それを知っていたアストラガラスとラムスは、イッシウムでのマリウスの存在の重要性を説き、自分たちが人質になるべきであると主張する。トークラはこのやりとりから真に彼らの誠意を知り、アストラガラスとラムスのふたりを敬意を持って受け入れることに同意した。その後、具体的な項目についての話し合いがあり、イッシウムとサクソンの和平は正式に成立した。
 この交渉のあと、ふたりきりになったフロンタリスとトークラは、自分たちの時代が終わったら、ウルナとフォルクスのふたりによって、この関係がさらに強く確かなものになるだろうという考えを分かち合う。
 テレスは、フロンタリスに、ローマ帝国の象徴である気高さや秩序、理知などの「文明」がイッシウムには残っていると言う。フロンタリスは、本国が滅びつつある今、テレスのそのことばを複雑な思いで聞いていた。イッシウムはこの森と丘の間の土地で、果たして生き残っていけるだろうか? テレスは、その答えは、トークラとの間で話されたように、子どもたちがにぎっていると言うと、「自分の本来の姿」に戻るときがきたと告げて去っていった。フロンタリスは、テレスは二度とイッシウムを訪れないのではないかと感じながら、この不思議な男に深い友情を覚えていた。
 デンドライトはイッシウムに戻って以来、数々の「奇跡」を起こしたという父の話を聞き、この地で生きる宗教指導者としての役割の大きさを感じていた。そして、この地でその父の跡を継いで生きることを決意する。しかしマリウス自身は、単なる偶然のめぐりあわせにすぎない自分の行いを「奇跡」と言われることに違和感を覚えていた。マリウスが求めていたものは、偶然の結果ではなく、自らの意志で行い成し遂げることのできるものだったのだ。だからこそ人質となってサクソン人のもとにいき、信仰を説く生活を送ることを考えたのだ。マリウスは、自らの人生をふりかえって老いの寂しさをひしひしと感じていた。
 そんなマリウスに、フロンタリスは自らの洗礼を頼む。フロンタリスの改宗は、マリウスの長年の願いでもあった。フロンタリスは、これでまたひとつマリウスの伝説が増えたと笑うが、マリウスはもはやそのことばに反発する気持ちはなかった。そして、しみじみと、自分たちの世界が終わったと、フロンタリスに告げる。フロンタリスは、そのことばに頷くと、自分たちの世界が終わりを告げ、子どもたちの世界が始まろうとしていると答える。彼らの時代には、ローマ人とサクソン人は共存の道に進む。血が混ざり、文化が混ざり、いつしかひとつの民としてこの地に栄えるだろう。そして遠い未来、自分たちの時代は「聖人と英雄の伝説」となる。その伝説では、聖人マリウスがいかにしてサクソン人を撃退したか、ラムスとアストラガラスがいかにして我が身を差し出したかが語られるだろう。そしてサクソン人の王トークラの名もまた、自分たちの歴史の一部となる。それらは、事実か否かではなく、この時代の「真実」として歴史に残る輝かしい出来事なのだ。
 フロンタリスとマリウスは、丘の上に立つ主教館から、明るく輝く夕日に照らされたイッシウムの町を、満ち足りた思いで見下ろしていた。

<感想>
 ユーモアとウィットに富んだ、読み応えのある歴史物語である。史実と創作がバランスよく混ざり合い、架空の町、架空の人物たちが、生き生きと語られている。同じ作者が中世を舞台にして書いた『五月の鷹』や『ロバになったトム』同様、「物語」のおもしろさを存分に味わえる。
 ローマ帝国末期という時代設定ではあるが、登場人物が非常に生き生きとしているため、物語の世界に入る違和感はまったくない。とりわけ、老練の指導者、フロンタリスとマリウスの会話は、長い時間を辺境の地でともに過ごしてきた互いの信頼感がにじみでる、絶妙なかけあいにあふており、時におかしく、時にはその友情にしんみりとさせられ、物語の大きな核となっている。マリウスの頑固ぶりはとにかく楽しく、特にサクソン人の若者に大切な蜂の巣を荒らされたときの怒りようには、思わず声をあげて笑ってしまうほどだ。また、サクソン人のリーダー、トークラとのぶつかり合いにも、どことなくユーモアが漂っている(頑固者同士のぶつかりあいというのは、端から見ていてとても楽しい)。トークラがイッシウムに預けられたウルナの様子を見に訪れた際に、フロンタリスが場の雰囲気を和ませようと必死になっている様子なども、思わず笑ってしまう。
 物語の要所で大きな役割を果たす少年フォルクスの活躍もまた、楽しい。本人はいたってまじめ、しかしついつい調子に乗りすぎたり甘さが出たりする。ウルナの愛らしさとともに、このふたりの子どもは物語の展開のキーになるだけでなく、読み手の子どもたちにとって親しみの持てるキャラクターになるのではないかと思う。
 端役ながら魅力的なのは、なんといっても聖句や古典を暗誦するカラスのコンチャとフルーディンだろう。それも、状況を把握しているのかいないのか、常に絶妙のタイミングで絶妙のことを言う。ただし、彼らのことばに引用される聖句や古典に慣れ親しんでいない若い読者は、そこにこめられたユーモアや裏の意味をとるのに苦労するかもしれない。そのへんは注が必要かも。
 最後までぴんとこなかったのは、テレスの正体。初めからイッシウムのローマ人とサクソン人の和平を目的にしていたのだろうということはわかるのだが、その目的(彼に何の利益があるのか)や、そもそも彼がだれなのかが、はっきりわからない。また、最後にイッシウムの議会でサクソン人との話し合いがあったとき、通訳として出席した彼を見て、トークラは自分が見た「神」と同一人物であることに気付かなかったのかという点も気になる。ウルナが彼を天使だと思っているというエピソードも、納得できるようなできないような……
 それでも、ローレンスの他の作品同様、このラストのすばらしさには感嘆してしまった。歴史物語とは、現在から振り返って過去のことについて書かれたものである。しかし、この物語に描かれているのは、過去ではなく、未来なのだ。彼らにとっての未来、つまり今の自分たちが重なる、フロンタリスが最後に語る「伝説」の話には、マリウスと同じように深く頷き、心から感激した。この作者の描くハッピーエンドには、いつも本当に心があたたかくなる。

<参考>
1.登場人物の名前、地名の多くは、生物の身体器官の意味を持つ。
Frontalis     前頭筋
Malleus      《中耳内の》 槌(つい)骨, つち骨
Astragalus     距骨
Ramus       《植物・骨・血管・神経などの》 枝, 枝状物
Axon       《神経細胞の》 軸索
Thena       母指球 (Thenar)
Falx        鎌状器官
Quintus Pronator Teres の Pronator   回内筋
Ulna        尺骨
Dendrite     《神経細胞の》 樹状突起

Via Scapula Scapulaは肩甲骨

Linea Alba 白線

Linea  ??

Iscium ??

Islands of Langerhans
トークラたちの故郷とされる島の名前。膵臓中にあってインシュリンを分泌する細胞群である「ランゲルハンス島」と同名。

2.引用されている聖句

p. 18
Now that the daylight fill the sky
We lift our hearts to God on high
That He in all we do and say
Would keep us free form harm today
???

p. 19
Oh Lord, arise and help me, and deliver us for thy name's sake
詩篇 第44篇26
起きて、われらをお助けください。あなたのいつくしみのゆえに、われらをあがなってください。

p. 20
…but deliver us from evil
マタイによる福音書 第6章13
悪しき者からお救いください。

p. 107
Oh Lord, make speed to save us!
詩篇第22篇19 (O thou my help, hasten to my aid!)??
速く来てわたしをお助けください。

p. 165
The Lord is my Shepherd, therefore shall I lack nothing.
詩篇第23篇1−2
主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことはない。

The heathen shall fear the name thy Name, O Lord
詩篇第102篇15(16)
もろもろの国民は主のみなを恐れ(地のもろもろの欧はあなたの栄光を恐れるでしょう。)

p. 166
Thou spreadest a table for me in the sight of my enemies
詩篇第23篇5−1
あなたはわたしの敵の前で、わたしの前に宴を設け

For strangers are risen up against me
詩篇第54篇3章
高ぶるものがわたしに逆らって起り、(あらぶる者がわたしのいのちを求めています。)

They came about me like bees…
詩篇第118篇12
彼らは蜂のようにわたしを囲み

p. 167
My cup runneth over
詩篇第23篇5−3
わたしの杯はあふれます。

A light to lighten the gentiles!
ルカによる福音書第2章32
異邦人を照す啓示の光

p. 169
Thou, O God, are praised in Sion
詩篇第65篇1
神よ、シオンにて、あなたをほめたたえることはふさわしいことである。

p. 170
Why do the heathen rage?
詩篇第2篇1
なにゆえ、もろもろの国びとは騒ぎたち

p.182 Behold the golden lights arise…


p. 189
A little child shall lead them…
イサヤ書第11章6
小さいわらべに導かれ

3.その他引用

冒頭
Next I'll consider honey, ~A slight work…
ウェルギリウス「農事詩」第四巻(『牧歌・農事詩』河津千代訳 未来社) p.324
 
 つづいて、天のたまもの、空中に存する蜜について語ろう。
 この部分にも、マエケーナスよ、どうか注意を向けてほしい。
 小さな物の中に展開されるすばらしい光景――

p.27
Arms and the man I sing!
ウェルギリウス『アエネーイス上』(泉井久之助訳 岩波文庫)p.10
 わたしは歌う、戦いと、そしてひとりの英雄を。

Seek Italy!
同 p.157
 アウソニアの地を求むべし。
 (*アウソニアはアウソネース族のいた地の意でイタリアのこと)

p. 28
…There your fates provides you A quiet kingdom and a royal bride
同 p.139
 その国で、あなたは楽しい事柄と、王国および王妃とを
 得られることになりましょう。

Degenerate man,
(Thou woman's property, ) what mak'st thou here,
同 p. 228
 お前はいまや妻のろか。
 それほど惹かれてカルタゴを(高貴にせんと基礎をおき)

p. 32
If glory cannot a mind so mean
同 p. 229
 ほまれもなんじを動かさぬ

p. 37
Give me thousand kisses, then a hundred!
 ???

p. 41
My Lesbia!
 ???

p. 106
Next I'll consider honey, the gift of heaven
ウェルギリウス「農事詩」第四巻(『牧歌・農事詩』河津千代訳 未来社) p.324
 
 つづいて、天の賜物、空中に存する蜜について語ろう。

O lucky beyond measure are Farmers, if only they knew their good fortune
???

First you must fine you bees a suitable home, a position sheltered from wind
同 p.325
 まず、蜜蜂のために、住まいをみつけてやらねばならぬが、(中略)風の当たらぬ場所を選ぶ。

p.169
The folds shall be full of sheep, and the valleys shall stand so thick with
corn that they shall laugh and sing.
 ???

p. 247
We must get up now and go…
Go home~
go along little goats.
 ???

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/8/22