管理者:金原瑞人

ジョン・モレッシー作 『ジャグラー』
発行年 1998年 
出版社 Herper Trophy
ページ数 261

主要人物
【ベラン】家族の住む村を襲撃され、放浪する主人公。世界一のジャグラーになるために悪魔と取引をしてしまう。
【オソストロ伯爵】冷酷な領主だが、ベランの片腕を切り落としたために悪魔にとりつかれて変死する。
【ジュリアン】ベランが少年時代に共に旅をした巡礼団のリーダー。元騎士。
【ジアン】巧みな話術を使って薬を売る商人。ベランと組んで芝居をうって儲けを狙う。
【セジューヌ】高度な技術を持ったジャグラー。ベランの良き師匠となる。
【老人】魂と引き替えに世界一のジャグラーにすることをベランに約束する。
【ブルーノ】すばらしい腕を持った職人。ベランに義手を作り、生涯の友人となる。
【アナ】未亡人で旅館の女主人。ベランにとって初めて愛する人となる。


 伏兵の襲撃で家族も家も失った少年ベランは、昔マーケットで見たジャグリングを自分なりに練習し、それで日銭を稼いでいた。しかし、薬商人からは巧みな話術を、本物のジャグラーからは、きちんとした技術を教わると、ベランの野望はさらに膨らみ、とうとう悪魔と取引して世界一のジャグラーとなる。ベランは、高貴な領主の城に住むようになるが、ある日修道僧の説教を聞いて動揺し、城から逃げだす。悪魔との取引を後悔し怯えながらの旅の途中、オソストロ伯爵の怒りを買い、片腕を切り落とされてジャグリングができなくなる。これで悪魔とも縁が切れたと安心し、職人ブルーノに義手を作ってもらい、旅館の女主人アナと恋に落ち、結婚して平凡な幸せを手にする。しかし、再び悪魔は出現し、ベランは巡礼の旅に出る。やっとの思いで聖地にたどり着いたものの、結局、そこに救いはなく、自分の意志で悪魔をはねつけなければいけないと教えられ、ベランは家族の待つ家に戻った。

あらすじ

  Introduction オソストロ伯爵
 オソストロ伯爵は、あるときは寛容、あるときは冷酷な、気まぐれな領主で、何よりも退屈を嫌い、気晴らしを求めてやまない。ある日、領地に放浪のジャグラーがやってくる。彼はすぐに伯爵のもとに呼ばれ、そのすばらしい技に誰もが舌を巻く。しかしどんなに奇想天外な技にも伯爵の興味は長続きせず、ジャグラーの技は辱められた。翌日ジャグラーは城を出ていくが、すぐに引き戻されて罰を与えられる。右手を切断されてしまったのだ。
 ところが翌日から伯爵は部屋に引きこもり、五日後に出てくると、ジャグラーに貴重な軟膏を渡し、さらに金と馬と彼には誰も手出ししないよう書き付けた伯爵直筆の手紙を持たせて、自由を与えた。

  1、村
 少年ベランの住む村は豊かですべてにおいて恵まれていた。ここできちんと働いていれば安定した幸福な生活が約束されているはずだ。しかし、ある日ベランはマーケットのある町に連れていってもらい、そこで初めて外の世界を目にすると、すぐに魅了され、旅芸人、ことにジャグラーに夢中になる。ベランは家に帰ってから密かに練習を積み、上手になると周りの人に見せる。はじめ両親は叱ったが、村人たちがその芸を喜び、ジャグリングを見せる代わりにベランの仕事を肩代わりしてくれるようになると、黙認する。ベランは、約束された安定よりも、この芸を使って世界の荒波を体験したいと願うが、かなわぬ夢のはずだった。
 ところがある日、突然の敵陣の襲撃で村は全滅した。ベランはたまたまその時水くみに行っていて命を落とさずに済んだが、両親も兄弟も知っている人すべてが死んでしまい、どうしていいがわからない。ベランは、死んだ敵の持っていた財布と、王に仕えている年上の兄が家に持ち帰った褒美の宝を持つと、この死の村を後にした。
 2、路上
 ベランは木の実などで飢えをしのぎながら鬱蒼と茂った森を抜けると、通りがかりの男アランに助けられる。アランは少年の身の上話に同情し、養子にしてくれそうな家を紹介しようと言ってくれる。ベランはこれでひもじい思いもせず、落ち着くことができると喜ぶが、その夜、せめてもの礼にとジャグリングを見せると、そんな怠け者の住む村ではないと怒られる。ベランは一晩悩み、退屈な安定よりも、波瀾万丈な放浪生活を選んで一人この家を出る。
 危険に満ちた一人旅で、ベランは様々な種類の人に出会い、人の冷酷さも身をもって知り、常に不安な気持ちを抱き続ける。兄の財宝を盗まれることを思うと夜寝ることもままならない。そこである日、修道院に宿を借りると、財宝を寄付してしまう。僧はベランの身を案じ、翌日たつ巡礼者たちと共に旅することを提案する。
 巡礼者グループのリーダーで騎士のジュリアンには、罪を告白した後で巡礼に行く理由を聞いたり、老人ウィリアムには、巡礼者の衣装の一つ一つに抽象的な意味があるという話をしてもらったりして、ベランにとってはなかなか興味深い旅だったが、旅の途中でウィリアムが病に倒れ亡くなってしまうと、ベランは彼らと別れる。
 ベランは居酒屋に入り、体が不自由なふりをし、食べ物をもらうと直りましたとばかりジャグリングを始めて人々を喜ばせる。そこへいい話がある、と男が一人近寄ってくる。男は薬売りで、ベランの芸に感心し、助手をしないかと持ちかける。ただジャグリングをすればいいと聞いて、ベランは驚きながらも承知する。
 3、はったり屋
 この男ジアンは、ベランに半身麻痺の演技をさせ、自分の薬を一滴のませてジャグリングができるようになる様を客に見せ、なめらかな話術でがっぽり儲けることに成功する。ベランはたった一日で大きな儲けを得て嬉しくなる。しかし、嘘をするすると並べ立てるのが楽しくてしょうがないらしいジアンのそばにいると、ベランはこの茶番劇がいつかばれるのではと心配になってくる。
 そんなとき、居酒屋で昔マーケットで見たあのジャグラーに出会う。乞食同然に変わり果てたジャグラーは、芸が偽物だとけちをつけられ、観客たちに暴行されてつぶれたという片手を見せる。ショックを受けたベランをジアンは笑うが、ベランははったりがばれたらいつかは自分たちにもふりかかる運命だと怯え、寝付けない。そしてとうとう馬に乗り、また一人旅立った。
 4、弟子
 できるだけ巡礼者グループに混じるようにしながら旅を続けるうち、僧を殺害した罪を背負い、あがないの巡礼でツールに向かうギルバートに出会う。ベランは、罪人が巡礼に巡礼を重ねとうとう死ぬ寸前に奇跡が起きて罪が清められたというジュリアンの話を思いだし、ギルバートに起きるかもしれない奇跡を見るためにツールに行こうと決める。しかし、その途中ですばらしいジャグラー、セジューヌに会う。ベランは玉や松明や短刀を自由に操るこの男に魅了されると、ギルバートのことは頭から消え去り、即座に弟子にしてもらう。一日中働き通しでしかも仕事が終わればきつい練習というつらい日々だったが、一年もしないうちに師匠と共に演じ始める。
 四年後、ベランはセジューヌと肩を並べる技術を持った立派な若者になり、セジューヌは病に冒され始める。世界一のジャグラーになりたいという野望を抱きだしたベランは師匠の元を離れることを考えるが、これまで育ててくれた優しい老人を見捨てられずにいる。
 5、約束
 その冬は一つの町に腰を落ち着け、ベランはジャグリングを、セジューヌは簡単な賭けで小さな儲けを得ていた。ある日セジューヌはいつもと異なり周りへの配慮なく大きく勝って金を得る。翌日二人は賭けに負けた男に襲われ、セジューヌは刺される。ベランは我が身を守ろうとしてその気もないのに男を殺してしまうが、その時、一人の老人が現れる。このところ繰り返しその姿を見せた老人だ。老人はベランに世界一のジャグラーにしてあげようと約束する。代わりにベランがたいして気にもとめていないものを渡してくれと言い、ベランの右手に赤い印をつける。約束のものは五十年後に取りに来るというが、ベランは先のことより今自分が得た信じられないようなジャグリングの技術に夢中になる。
 6、マスター
 ベランは老人が最後に忠告したように、最高の技は一番高貴な人のためにとっておき、一般の人には技を小出しにして、いかさまだと言われないように用心して旅を続けた。稼ぎは悪くなく、ベランは馬を買い上等の衣装を揃える。今の自分に見合うよう、「ベランドロ」と名乗り、大きな屋敷に入るチャンスを狙っていた。
 ある日、昔知り合った吟遊詩人の一団と再会し、彼らに誘われ、権力のある騎士の屋敷に入る。ベランの芸は騎士ヒュバートに喜ばれ、一人娘の結婚式の席でさらにすばらしい演技を見せると、吟遊詩人たちが帰った後も屋敷に残るよう言われる。ベランは屋敷の使用人とも仲良くなり、ことに執事のアルバートにジャグリングを教えてくれとせがまれて代わりに計算と読み書きを教えてもらう。
 そんな頃、ヒュバートが、仕えているメラボン卿へのおつとめに行くことになり、お気に入りのベランを同行させる。
 7、修道士
 メラボン卿の城は今までとは比べ物にならないほど豪華で、ベランは卿やその奥方と娘たちのために、これまで以上に高度な芸を見せたり、その芸を使って機転を効かせて騎士たちの喧嘩を仲裁したりして、卿に気に入られ、城の住人になる。
 二年以上その城で優雅な暮らしをした。ある日ミサに一人の修道士がやってくる。その説教は単純な内容だが力強く、ベランは悪魔と取引した自分を咎めに来たのだと思いこんで動揺し、そのまま馬で城を抜けだし放浪の旅に出る。
 長年の良い暮らしの後の路上生活はきつかったが、それにも増してベランは怖くてたまらない。赤い印のついた右手をひと思いに切り落としてしまいたいがそれもできないでいる。ベランは食べるために仕方なくジャグリングを始めるが、人に怪しまれないようにという忠告も今ではどうでもよく、誰かが右手を痛めてくれればいいのにと思うくらいだ。ベランはこうしてあてもない旅を続け、ある日、オソストロ伯爵の領地に入ったのだった。

 Interlude オソストロ伯爵の不幸
 ジャグラーが去った後もオソストロ伯爵の様子はおかしく、すべてのものに怯え、とうとう塔の粗末な部屋にこもってしまう。外には番兵を立たせていたが、ある日、伯爵の呼び声に番兵が中に入ると、裸の伯爵が血まみれになり自分の肉をひきちぎっていた。まるで伯爵の体の上に目に見えない何かが這っていてそれを引き離そうとしているようだ。番兵がその手を止めようとしているとき、伯爵は息を引き取った。

 8、職人
 傷は痛んだが、ベランは呪われた腕を切り落としてくれたオソストロ伯爵に感謝していた。しかも、金もあり、手紙のおかげで安全な旅ができた。
 冬の間一つの旅館に留まり、そこで旅館の主の息子にジャグリングを教えるが、少年の能力は人並みで、これではジャグラーとして旅立つこともないだろうと思うと、ベランは少年に待ち受ける平凡な幸せがうらやましく思える。
 冬が過ぎると、すばらしい技術をもつという噂の職人ブルーノのもとを訪れ、失った右手の代わりをする義手を作るように頼む。ブルーノはベランの人柄を好み、細かく相談しながら作ることにする。ベランはその村に留まり、ブルーノの弟子たちとも親しく交わり楽しい生活をする。また何より、ベランとブルーノは互いに尊敬の念を抱き、強い友情が芽生えた。
 義手ができあがると、ベランは再びあてのない旅に出る。自分にもわからないが、何かが欲しくてたまらないような気がしていたのだ。
 9、旅館の主
 再びやってくる冬を越す場所を探していたベランは、感じのよい旅館をみつけ、そこを女手ひとつで切り盛りしている未亡人、アナに一目惚れする。幼い娘を抱えて大変なアナが村人たちの悪巧みにはまっており、今にもその旅館を乗っ取られてしまいそうなことを知ったベランは、アナに愛を告白し、村人の悪巧みは伯爵の手紙を使ってうまく処理し、相当の金額で旅館を売る。ベランはアナとその娘を連れてブルーノの住む村に戻り、そこですぐに結婚し、良い旅館を買って旅館の主となる。二年目には娘も誕生し、ベランは平凡だが幸福な毎日に酔いしれ、過去のことなどほとんど思い出すこともなかった。
 しかし、ある日オソストロ伯爵の領地から来たという男から伯爵の死に様を聞き、ベランは愕然とする。ベランは自分の右手がその変死の原因だと考え、恐ろしくなって食べ物も喉を通らず眠ることもできなくなる。心配したアナが訳を話してほしいと懇願するが、ベランは言えない。
 そしてついにあの老人が現れた。ベランは片腕をなくしたのだからあの約束は帳消しのはずだと言うが、老人にボールを渡されると木でできているはずの右手は動き、昔と同じジャグリングができる。こちらの約束は守っているのだから、そちらも守れと老人は言う。だが、老人はそこで提案をする。すなわち、「おまえの代わりにほかの者の魂をよこせ。娘のでも、妻のでも」と。ベランはそんなことはできないとすぐ否定するが、この恐怖心のせいで自分が何をするかわからないと感じる。
 10、巡礼
 ベランは、このまま妻と娘たちのそばにいてはいけないと感じ、すぐに家を出ていこうと考える。本当の訳を話せないベランは、昔悪いことをしたので巡礼の旅に出なくてはいけないと妻や娘たちに説明し、遠いパレスチナを目指す。
 身の安全のためすぐに同じ地を目指す巡礼者のグループに混じり、危険な目に遭ったり、他人の好意を受けたりしながら進んでいく。幾多の障害を乗り越えヴェニスでガレー船に乗り込み、後は到着を待つばかりとなる。
 11、隠遁者
 海賊船に襲われそうになったりした海路も終わり、とうとう聖地にたどりつくが、ベランは罪が染みついているはずの体を聖なる川ヨルダンに浸すことがどうしてもできない。ベランは結局奇跡など起こらないと知り、妻の元へ帰ることもできず砂漠をさまよううち、何が夢で何が現実かもわからなくなってくる。ある晩、再びあの老人の脅しを受けるが、その翌朝、砂漠に隠遁の暮らしをしている聖者がいると聞き、これこそ何かの啓示だと、最後の力を振り絞って聖者の住居にたどり着く。
 ベランはそこで初めて今までの出来事を包み隠さず話した。聖者はその老人はベランをだましているので、老人の前でのジャグリングは目くらましに過ぎないと言う。そして家族の元へ帰り、老人が訪れても強くはねつければよいのだと説得する。あの老人の力は強いが、もっと強い力を持った別の方がおられることを忘れるな、と。
 12、責任をとる
 苦労を重ねて家にたどりついたときには、ベランは年を取り、変わりはてていた。旅館は下の娘の夫が主となっており、上の娘は嫁いでいき、妻は病にふせていた。しかし、アナは夫の帰宅に喜び泣く。ベランはすべてをアナに語り、アナは驚くがすべてを受け入れて安心した眠りにつく。
 そこへあの老人が現れる。老人は娘たちの夫が暴力をふるっているとか、この旅館を狙ってアナを殺すだろうとか、アナがベランの留守中不貞を働いていたなどと、ベランの心を惑わすようなことを言うが、ベランはきっぱりとはねつける。すると老人は人の形ではなくなり、おそろしい小さな生き物がベランの体に入ってこようとする。それがベランの肉体や骨をむしゃぶるが、ベランが祈るとすべては消えて、体も支障がない。またもや虚を見せられたのだ。
 それからベランとアナは共に余生を過ごした。ベランは何度も悪魔の責め苦にあうが、そのたびに何とかはねつけた。ベランは妻を助け、妻の死後も孫たちの顔を見ることもでき、敬虔な信者としてこの世を去った。


感想
 様々な文献を下敷きにしたという著者のあとがき通り、非常に骨太のファンタジーである。一所で生涯を終える人が大部分の中世にあって、旅芸人は何を思って生きていたのかが、生き生きと描かれている。また、時代を越えて、世の中を広く見てみたいという少年の好奇心と出世欲、そしてその欲の行き着くところの描かれ方はとても自然で主人公に心を重ねやすい。罪からの救いが外にはなく、結局は自分自身の意志にあるという終わりかたも、現代的で、わかりやすい。非常に幸福な生活をしながらも、何度も悪魔の責め苦にあい、かつそれにうち勝っていくベランの人生は、誰にでもあてはまるものだろう。
 しかし、「悪魔に魂を売り渡す」という典型的な話の外には出ておらず、だいたいの筋書きは途中で見えてしまうのがちょっと残念。その典型から少し離れているのは巡礼の話で、当時の巡礼の様子がかいま見えるのが楽しい。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/8/22