管理者:金原瑞人

『GHOST SONG』 スーザン・プライス
faber and faber  1992年 出版  148ページ 

(主な登場人物)
クズマ・・・・・シロクマの毛皮を身にまとった魔法使い。
アンブロシ・・・皇帝に仕える猟師の息子。だがクズマの従弟となる運命をもって生まれる。
マリュータ・・・アンブロシの父。
フォックス・・・トナカイのいくところへと移動しながら生活する、トナカイ民族のひとり。

(あらすじ)
 200年ものあいだ、自分の従弟を待ち続けたクズマ。だがようやく生まれた従弟、アンブロシは拒み続ける。この争いはたくさんの人々を悲劇の世界へと巻き込み、ついにアンブロシは死の世界の門をくぐった。

   『ゴースト・ソング』

 この冬もマリュータはひとりで過ごした。風が悲しい声をあげ、氷の粒を顔に吹き付ける中、スキー板をはめた足が、雪の上を一歩一歩進んでいく。愛する妻を村にのこし、雪の世界へとやってきた。皇帝に毛皮をささげるために。それが奴隷であるマリュータの使命なのだ。そんなある日、自分の仕掛けたわなにクロテンがかかっていた。雪に映える黒い毛、その白い雪はあふれ出る血で真っ赤に染まる。息子がほしい。マリュータはふいに思った。このクロテンの毛のように黒い髪、雪のように白い肌、白い歯、そしてこの白い雪を染める血のように赤い唇の息子が……。そして念願かなって、その年の夏には、マリュータも息子の父親となる。
 6月24日、ミッドサマーデー(夏至)がやってきた瞬間に、その子は生まれた。人々は祝いにかけつけ、マリュータは幸せの絶頂だった。祝宴につかれ人々が寝静まっても、マリュータはとても寝付かれずに、息子の未来を思いめぐらしていた。そのとき、何かがものすごい勢いで戸にぶつかる音がした。ナイフを手にマリュータはそっと戸をあけた。照り輝く太陽のまぶしさに、一瞬目がくらむ。そこには大男が立っていた。そしてずかずかと家の中へはいってくる。魔法使い……。男が床におろした太鼓をみて、マリュータは一瞬息をのんだ。ゴースト・ドラム。魔法使いの太鼓だ。やせこけ、しわだらけの顔をしたその大男。この夏の盛りに、まるで真冬のような格好をしている。シロクマの、少し黄色がかった毛皮をまとい、その首を肩からぶらさげている。そしてブーツに大きなてぶくろ。男はいった。その子は自分の従弟だから、死の世界へつれてかえる、と。だがマリュータは首をふった。この子はおれの子だ。渡すわけにはいかない。何物にもかえられない、大切な息子なんだ。その男、クズマのほうも、なかなかひこうとはせず、ふたりのやりとりは延々とつづいた。しかしミッドサマーデーがおわると、クズマは再びゴースト・ドラムを肩から下げて、いってしまった。アンブロシ……不死の人。マリュータは息子にそう名付け、眠りへとおちていった。
 クズマはいったいどこへいったのだろうか……。
 黒い空が重々しくのしかかる雪原。トナカイが群れをなし、寒さに震えている。その群れのすぐそばには、小さなテントがいくつも張られている。つねにトナカイの後について生活する人々、トナカイ族のテントだ。寒い冬のあいだでも、テントの中はいつも暖かかった。それはトナカイ族のリーダー的存在である、ボーン・フックという男とその家族が住むテントでのできこと。ある日、人々の前に、突然、大きなシロクマが姿をあらわした。人々が驚くなか、シロクマがいきなり頭をはずす。クズマだ。だがボーン・フックはなにも言わない。かわりに息子であるフォックスが丁寧にあいさつをする。人々は次々と食べ物を運んだ。そしてすっかり機嫌をよくしたクズマは、お礼にと、物語をはなしてきかせる。はじめて死の世界の門をくぐった男、バルダーと、はじめての魔法使いで、兄弟であるバルダーを殺したロキの物語。はなしが終わるころには、人々はすっかり物語の世界へと入り込み、涙が頬をつたった。感激した人々は、再びクズマに食べ物を運んだ。フォックスも声を震わせながら、言葉をかける。しかし、そんななごやかな雰囲気も一変した。自分の素性をさぐられるような質問をされたクズマが顔色を変え、不機嫌なようすでこんなことをいいだしたのだ。自分の従弟が生まれてくるのを200年もの間待ち続け、ようやく生まれてきたかと思えば、従弟になることを拒絶された。だから代わりに、この中から子供をひとり選びだし、死の世界へとつれていく、と。フォックスがクズマに食ってかかった。そしてあげくのはてには、ナイフをとりだす。ボーン・フックがあわてて息子の腕をおさえたが、もう遅い。クズマは呪文を唱えはじめた。するとみるみるうちに、人々は狼に変身していく。どんなに泣き叫んでも無駄だった。とうとうそこにいたみんなが、狼に姿を変えた。そしてクズマは闇の中へと消えていった。
 この呪は永遠にとかれることはない。アンブロシが死の世界の門をくぐらない限り……。
 さて、そのアンブロシはいったいどうしているのだろうか。
 アンブロシが一歳にも満たないころ、母親が死んだ。夫であるマリュータは、愛妻を亡くした悲しみに打ちひしがれ、妻がこの世に残してくれた唯一の宝物である息子に、このうえない愛情をそそぐ。ある日、いつものようにマリュータがはなしをきかせていると、とつぜん、アンブロシが不思議なことをいいだした。夜になると熊がやってきて、話しをきかせてくれるのだ、と。どうやらそんな夢をみているらしい。
 また冬がやってきて、マリュータはひとり、狩りにでかける。この冬のアンブロシへの手みやげは太鼓だった。アンブロシが「太鼓が欲しい」といったのだ。しかし、いざ買ってきてみると、たいして喜んでいる様子もない。数日後には家の外にほうりだされている始末だ。だがよくみてみると、なにかが違っている。アンブロシが夢にでてくる太鼓をまねて、塗りかえたのだった。その塗りかえられた太鼓をみて、マリュータはあの日の記憶をよみがえらせる。魔法使いのもっていたゴースト・ドラム。それから次第にアンブロシの様子がおかしくなっていった。突然自分の本当の名前は何かときいてくると思えば、だれも知らない話しをし、だれも知らない歌をうたう。次の冬、マリュータが狩りから戻ってみると、まわりの人々がみな、アンブロシを気味悪がって、避けるようになっていた。もうここにはいられない。ふたりは荷物をまとめ、村をでた。 父親が狩りにでているあいだ、アンブロシはひとり、テントでまっていた。そんなある日、アンブロシのまえに、シロクマが姿をあらわす。だがそれはシロクマの毛皮を着た人間だった。男は静かに太鼓を打ち鳴らすと、再びシロクマの姿にもどり、雪のなかへと消えていった。そして月日は流れ、アンブロシは成長した。背丈も父親とかわらず、狩りも一緒にできるほどに。だがマリュータは息子の様子がおかしいことに気付きはじめていた。
 この猟師の親子同様、クズマによって狼にされた人々は、寒い冬を雪のなかで過ごしていた。突き出た岩のかげでなんとか雪と風をさけながら。しかし、フォックスはその群れからおいだされる。こんな呪をかけられたのはフォックスのせいだと、誰もが思っていた。獲物をつかまえる術を知らない人々は、次第にやせほそり、そして死んでいく。夏になり、人間の姿にもどりはしたものの、テントには何一つ残ってはおらず、みな途方に暮れ、フォックスをせめた。そしてフォックスはひとり、クズマを探す旅にでる。小さな村や、仲間のいる山奥、そして南の町を転々とするが、魔法使いは見つからず、それどころか追いかえされたり、ばかにされたり、つらい目にあうばかりだった。また冬がやってきて狼に姿をかえると、独りぼっちでひっそりと過ごした。そして次の夏、再び人間にもどったフォックスは、仲間たちのもとへともどる。もはや誰一人としてフォックスを責めるものはいない。だがそこに父親の姿はなかった。年老いたボーン・フックは村人につかまり、殺されたのだ。フォックスは怒りをあらわに、クズマの名をさけんだ。まわりのみんなも声をあわせる。クズマ、いつか仕返ししてやる、と。その叫びは、クズマの耳に届いていた。
 冬の間は狩りをしていたマリュータとアンブロシは、夏になると村で農作物の刈り入れをしてすごした。だが毎年、違う村を転々とする。初めはアンブロシの歌や物語に興味をもち、集まってきた人々も、しだいに気味悪がって、避けるようになるのだ。父親であるマリュータでさえ、アンブロシの奇妙な行動に、しだいに恐れをなしていく。そんなある日、アンブロシが眠っていると、フルートの音色がきこえてくる。そしてシロクマの毛皮に身をつつんだクズマがあらわれた。そして、なんとかアンブロシを死の世界へつれていこうと、必死に説得し、アンブロシもいってしまいたい衝動にかられるが、結局思いとどまる。もう先がながくないと思われる年老いた父親を、ひとりおいていくわけにはいかない。それからというもの、アンブロシは毎日、クロテンに悩まされる。まわりの人々の目にはみえない、自分にだけみえるクロテンに。食べることも邪魔され、眠っていても、クロテンが常に耳元でささやきかけてくる。マリュータは息子を心配し、狩りをやめて、村で宿をかりることにした。だが初めは歓迎されても、誰もがしだいにアンブロシの異常に気付き、結局家を転々とするはめになる。そしてある日、アンブロシはひとり、姿を消した。
 狼にされた人々のまえに、ついにクズマが姿をあらわした。そしていった。この呪いはアンブロシという男によってのみ解かれるのだ、と。アンブロシをみつけるため、フォックスはクズマについて、死の世界へつづく道を教えてもらう。そして他の仲間たちは、クズマの魔法で、決してけがをしない体をなると、カラスに導かれるまま、マリュータのいる村へと向かった。狼たちは村をあらしまわるが、村人たちはどうすることもできない。そこで猟師であるマリュータが狼退治を引き受けた。だがいくらわなを仕掛けてみても、狼は一匹もかからない。しかたなくマリュータは村をでて、雪のなかへと入っていく。狼は姿をあらわした。だが逃げようとしない。逃げるどころか、襲いかかってくる。マリュータは何匹もの狼に襲われ、血まみれになって雪のうえに横たわった。そこへクズマがあらわれる。クズマはマリュータの口に雪をつめこみ、霊魂が体を抜け出ないようにすると、ナイフでとどめをさした。マリュータの頭部が首から離れる。クズマの合図とともに一匹の狼がやってきて、その頭をくわえた。そして村をひとり飛び出したアンブロシのもとへその頭を届けた。アンブロシは、父親の頭を両手で抱えると、まだこの世にさまよう父親のため、死の世界へとむかった。そしてその狼、フォックスは、道案内をするかわりに、自分たちの呪いを解いてくれるよう頼む。死の世界の鉄の森にたつ、鉄のアッシュの木につくられた、クロテンの巣におかれている、呪いの骨をみつけだし、それを砕いてくれ、と。
 アンブロシは狼のフォックスにみちびかれ、死の世界へとつづく橋をわたっていった。橋の奏でる音や星たちの歌に耳をかたむけながら、ゆっくりとのぼっていく。そしてのぼりきると、道が三本にわかれており、ふたりはいちばん細い道を進む。ついに、門のまえへとたどりついた。この門をぬけると、死の世界が待っている。アンブロシはためらった。しかしフォックスをその場にのこし、父親の幽霊とともに、ついに門をくぐる。そして鉄の木をみつけてのぼりはじめた。アンブロシはのぼりつづけ、そしてついにクロテンの巣をみつけた。フォックスのいうとおり、そこには呪いの骨がおかれている。約束通りそれを砕くと、木の上から投げすてた。そこへ、カラスの姿をしたクズマがあらわれる。だが、ようやく従弟が死の世界にやってきたと喜ぶクズマの前で、アンブロシは死の世界の林檎をかじった。もう死の世界の門をでることはできないのだ。再び生まれ変わるその日まで……。アンブロシは魔法使いになり、300年という命を手に入れるよりも、短くても波乱にとんだ人生を選んだのだ。こうしてアンブロシは鉄のアッシュのうえでいつまでも眠りつづけた。
 そのころフォックスは門の外でアンブロシがもどるのを待っていた。だが待てど暮らせど、姿がみえない。しかし自分はもう人間の姿にもどっている。呪いの骨を砕いてくれたのは確かだ。しかたなくフォックスはひとりで、もときた道をもどりはじめる。テントにたどりつくと、残り少なくなった仲間たちが、フォックスをあたたかく迎えた。みな、人間の姿にもどっている。フォックスは、仲間たちに話してきかせた。あの橋のむこうにある、死の世界でのできごとを。 その後、人々はそれぞれの生活をはじめる。だがだれ一人、これまでのことを語り継ぐものはいない。そして何もかもが忘れられていった。アンブロシのことも、フォックスのことも、そしてクズマのことも……。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/8/22