管理者:金原瑞人

『GHOST DANCE』 スーザン・プライス
faber and faber  1994年 出版(ペーパーバック版 1995年)
217 ページ

(主な登場人物)
シンギビス・・・・魔法使いの弟子。
皇帝・・・・・・・この北の国をおさめる皇帝。
ジェンキンズ・・・皇帝の側近。自らを魔法使いと称す。
クリスチャン・・・ジェンキンズのしもべ。

(あらすじ)
 死にかけた北部の森を救おうと、皇帝のもとへむかったシンギビス。だが結局ちから及ばず、完全な魔法使いになるために、ひとり、死の世界へとむかう。はたして、森を蘇らせることはできるのだろうか……。

   『ゴースト・ダンス』

 真っ白なシロハヤブサが、空高く円を描き、雪におおわれた世界を見下ろす。岩や木々が黒くしみのようになっている。徐々に下りていくにつれ、枝や葉、そして動物や魚たちの様子が確認できた。だがその数も、以前と比べるとかなり減っている。シロハヤブサは鋭い鳴き声をあげた。そしてついに、魔法使いを探す男たちの一行をみつける。みな腹をすかせながらも、黙々と雪のうえを歩いている。シロハヤブサに姿をかえていたシンギビスは、もとの姿にもどり、男たちの前にあらわれると、魔法使いの老人が待つ家へと案内した。皇帝の猟師たちが次々に木々をきりたおし、動物たちをわなにかけ、殺していく。死にかけている北部の森を助けてほしい。これが、男たちが魔法使いをさがしていた理由だ。だが魔法使いは断わった。世界が変わっていくのは当然のことなのだ、と。それに助けるにはあまりに歳をとりすぎていた。死の世界へいくときがきたのだ。肩をおとし、男たちがその家をあとにすると、魔法使いはシンギビスに、死の世界へ旅立つための準備をさせる。お別れのときがきた。決して皇帝のところへいってはいけない。東にいる妹のもとへいき、魔法使いになる修行をするのだ。魔法使いは悲しむシンギビスにそういい残すと、死の世界へと旅立っていった。だがひとり残されたシンギビスは、スキーと弓矢、そして食べ物を用意すると、森を救うため、皇帝のいる宮殿をめざす。
 皇帝の宮殿をかこむ町はとにかく広く、教会やきれいな店、そして立派な家々がたち並ぶ、裕福な町だった。そしてそれらは何もかも、木でつくられていた。猟師によって切り倒された、何千、いや何万という北部の森の木で。その町の中心には、また別の町がある。石造りの高い塀で囲まれた町。そう、それが皇帝のいる宮殿だ。墓地もあれば教会もあり、また皇帝の護衛の兵舎や庭師のアパートもある。宮殿じたいが、ひとつの活気づいた町になっているのだ。だがドアをくぐれば、そこはいつでも暗く、しーんと静まりかえっている。その暗い宮殿のなかの、ずっとずっと奥にある広い部屋で、ふたりの男が何やらひそひそと話している。ひとりはジェンキンズという名の男で、自分は魔法使いであるといつわっている。だが自分自身は、魔法なんてこれっぽっちも信じていない。そしてもう一方はその男のしもべ、クリスチャン。悪魔の衣装を身にまとっている。これから皇帝の目の前で悪魔を呼び出し、皇帝のほしがっている不老不死の薬の作り方をききだす芝居をうとうというのだ。そこへ皇帝が兵士たちをひきつれてやってきた。皆が見守るなか、ジェンキンズは呪文を唱えはじめる。すると煙がたちこめ、激しい鈴の音がきこえたかと思うと、悪魔があらわれた。震え上がる兵士たち。結局、不老不死の薬の作り方はいわずに、悪魔は姿をけしてしまうが、皇帝や兵士たちは、すっかり演技にだまされた様子で、部屋をあとにする。大満足のジェンキンズ。しかし、ふいに不安がよぎった。皇帝がこの嘘に気付きはしないだろうか、もし気付いたら、自分はどうなるのだろうか……。
 ようやく、シンギビスが皇帝の町へとたどりついた。そして宮殿の中へとはいったところで、ちょうど、さきほどのふたりの芝居を見抜き、ジェンキンズを嘘つきよばわりした男が、処刑される場面に出くわす。たまらず、熊の姿となって飛び出すシンギビス。人々は驚き、逃げ惑う。そして男とシンギビスのみが、その場に残された。だがくさりはといてやったものの、男は結局その場にたおれる。シンギビスは男を死の世界へとおくりだしてやると、皇帝のいる建物へとむかった。
 裁判が行われる部屋に皇帝はいた。大きな椅子にすわり、判決をくだしている。だれもかれも有罪にしてしまう皇帝の耳元で、シンギビスがささやく。すると皇帝は判決を変え、罪はかるくなった。次々に判決はくだされたが、みな罪はかるかった。だがシンギビスのささやきは最終的には皇帝をいらいらさせる結果となり判決も、再び厳しいものになっていく。裁判は延々とつづいた。そして人々はその場で眠りはじめ、皇帝は部屋へもどっていった。シンギビスもあとについて部屋へとしのびこむ。これでようやく皇帝を殺し、森を救うことができる。しかし、涙をながす皇帝の姿をみたシンギビスは、考えをかえ、皇帝の耳元で子守歌をうたいはじめる。皇帝は眠りについた。そのまま朝まで眠り続け、ようやく目を覚ました皇帝は、何かが自分のすぐそばに座っているのに気付く。幽霊? いや、悪魔だろうか。だが、シンギビスが微笑んだ瞬間、皇帝は天使だときめつけた。そしてそれがジェンキンズの魔力などではなく、自分に子守歌をきかせるためにきてくれたのだとわかると、すっかりうれしくなり、シンギビスの手をとって廊下をかけおり、広いきれいな部屋へとつれていった。
「さあ、これから魔法使いに会わせてやろう」
 そのころ、ジェンキンズとクリスチャンのふたりは、それぞれの寝床でくつろいでいた。例の熊騒動のとき、ふたりは何がおきたのかわからないまま、一目散にこの部屋へと逃げ込んできた。一時は暴動がおきたのかとおもいおびえていたが、騒ぎはおさまり、皇帝が無事だったという報告をうけると、すっかり安心し、そして眠りについたのだった。そのとき、突然、皇帝からの使いがやってきて、ふたりは皇帝の待つ部屋へと案内される。顔をみるなり、あれから悪魔と話をしたのかときかれ、一瞬うそがばれたのかと思いあわてたが、そうではなかった。天使を紹介されたのだ。だが、皇帝が不老不死の薬の話をすると、皇帝の天使、シンギビスは、永遠の命なんてありえないという。魔法使いだって300年しか生きられないのだから、と。皇帝はすっかり腹をたて、ジェンキンズたちを部屋からおいだした。悪魔がうそをついたのだ、となんとか言い訳はしたものの、クリスチャンはこの国から逃げるよう、ジェンキンズに説得するが、ジェンキンズはまったく聞く耳をもたない。そしてまた何やら悪知恵を働かせている様子。不安になるクリスチャン。
 シンギビスが来てからというもの、皇帝はすっかり人が変わった。まわりの人々が突然、自分の敵にまわり、寝ている間に襲われるのではないか、と、いつでもおびえ、以前は眠ることすらろくにできなかったのだが、今ではいつでも天使が子守歌をささやいてくれるおかげで、ゆっくりと眠れるようになった。その皇帝の夢の中で、シンギビスは北部の森の様子を描き出し、「このままでは森が死んでしまう」と語りかけていた。が、皇帝はそのことについて考えるどころか、天使が自分のそばにいてくれるという安心感からか、さらに冷酷な人間になっていく。人々には重い罰をあたえ、そして森は以前にも増して、急速に破壊されていく。自分の力不足に、シンギビスは肩をおとした。そして考える。完全な魔法使いになれば、なんとかできるかもしれない、と。次の瞬間、シンギビスの魂は体をぬけて浮き上がった。死の世界へとむかって……
 いろいろな世界を転々としながら、シンギビスはようやく死の世界へとたどりついた。しかしあまりの恐怖に、再び宮殿にのこされた自分のからだにもどってしまう。しかしなんとか勇気をふるいおこし、再び門の前までやってきた。もはや恐怖心はなかった。今度はためらうことなく、門の中へとはいっていく。魔法使いになるんだ。そして森を救うんだ。そう考えると、みるみると力がわいてきた。そしてシンギビスは鉄の森にもためらうことなく、はいっていった。森の中央に立つ鉄のアッシュの木の前で足をとめる。そしてシロハヤブサの姿になると、空中へ舞い上がった。自分の祖母が眠っているはずだ。だがようやく見つけ、声をかけたシンギビスに、祖母は冷たい口調でいった。「おまえはまだ魔法使いではない。東の妹のところで修行をしてから、でなおしておいで」 がっくりと肩をおとすシンギビス。森の中をとぼとぼとさまよい歩く。と、目の前に宮殿があらわれた。死の世界の女王がすむ宮殿だ。おおかみにほえられながら、シンギビスは宮殿へとはいっていった。そして女王に自分もこの宮殿にいさせてくれないかとたずねる。北部の森が死んでいく様子をみていられないのだ、と。すると女王はシンギビスの手をとり、別の部屋へとつれていく。その部屋にはベッドがあり、そしてその暗がりの中、だれかが横たわっているのがわかった。「ランプをあててみてごらんなさい」その言葉にしたがい、シンギビスはランプをかかげて、その人物を照らした。バルダーだ。シンギビスは思わず声をあげた。バルダーとロキ兄弟の悲劇の物語はシンギビスも知っていた。ロキによって殺され、この世ではじめて、死の世界の門をくぐった男、バルダー。女王はいった。このバルダーの夢が、北部の森をつくりあげている。だからその夢のなかへ入り込み、自分で変えればよいだろう、と。だがシンギビスにはとてもそんな力はなかった。しかたなく宮殿を後にしようとするシンギビスに、女王は鉄の森の果物を盛った皿と、なにやら飲み物がはいったカップをさしだす。ほんの一口でも、これらを口にすれば、もう死の世界をでることはできないのだ。シンギビスはカップをうけとり、中をのぞきこんだ。黒い液体の表面が、まるで鏡のように自分の姿をうつしている。自分の世界を思いめぐらせながらじっとみつめた。そしてシンギビスははっとした。そのとき、シンギビスが液体の鏡にみたものは……
 皇帝に呼び出されたジェンキンズは、皇帝が自分を許してくれたのだと思い、すっかり有頂天になる。そして不老不死の薬の作り方を悪魔から教わったとうそをつく。クリスマスの日に生まれた男の子の血と、天使の血をまぜあわせて作るのだそうだ。明日にでも、というジェンキンズに皇帝は今すぐに作るよう命令した。ジェンキンズはあわててクリスチャンを皇帝のもとへとつれていく。クリスチャンという名は、クリスマスの日に生まれたことから、付けられたものだった。そして魂の抜け出た天使、シンギビスの体が、兵士たちによって運びこまれた。何が起きるのかさっぱりわからない様子のクリスチャンの頭を、兵士がいきなりなぐりつけ、ばったりとたおれたクリスチャンの喉をかき切る。血が次々にあふれだし、おけをいっぱいにした。そう、あのときシンギビスがカップのなかにみたのは、クリスチャンの喉からあふれだす血と、兵士につかまり、殺されようとしている自分の姿だったのだ。シンギビスの魂はものすごい速さで、宮殿においてきた自分の体へともどっていった。今までぐったりとしていた天使が突然、目をかっと開け、ものすごい声をあげる。そしてシロハヤブサに姿を変えて、部屋中をとびまわった。もはや何も太刀打ちできるものはない。兵士たちは恐れおののき、泣きじゃくり、逃げ惑う。皇帝とジェンキンズも腰をぬかし、声もでない。皇帝は目をそむけることすらできなくなっていた。もとの姿にもどり床におりたつと、シンギビスはおびえるふたりのもとへ歩み寄った。「そんなに永遠の命がほしいのなら、叶えてやろう。それからジェンキンズ、悪魔をよびだす本当の力というものを、その目でしっかりとみるがいい」そして歌い始める。歌声は高く高くのぼっていった。だが死の世界まではなかなか届かない。シンギビスはゴースト・ドラムをもっていないかわりに踊りまわり、足で地面をうって太鼓の音をつくりだした。まわりの人々も、つられて声をあわせる。だが、まだ届かない。シンギビスは全神経を集中し、叫び、踊り、地面をうち鳴らす。何かが近づいている。シンギビスは呼び続けた。そして暗闇の中、ようやく姿をあらわした。ロキだ。兄弟であるバルダーを殺した男、この世ではじめての魔法使い、ロキ。ロキの魂がシンギビスのからだへ入り込む。するとシンギビスはみるみると恐ろしい悪魔に姿を変えた。あまりの恐怖に、ジェンキンズの心臓は止まる。そして悪魔は皇帝をひょいと肩からさげると、北部の森へとはこんだ。雪の上に皇帝をおろし、あたりをみわたすと、2本のもみの木に目がとまった。シンギビスは歌いだした。ナイフが喉をかききるような痛みをおぼえる。だが歌い続けた。死の世界の歌、そして始めて死の世界の門が開けられたときの歌を。すると2本のもみの木のあいだに、門があらわれた。シンギビスは枝や松ぼっくりをかきあつめ、そして皇帝をひきずり、門のなかへとはいっていった。それは死の世界へとつづいていた。そこで枝を地面につきさし、松ぼっくりをくだいて、その種をばらまく。そして心の中で自分の理想の森を思い描きながら、再びうたいだした。するとなんと突き刺した枝が、みるみるうちに育ち、まいた種は次々に芽をだした。さらに歌い続けると、しだいに花が咲き乱れ、果物が実った。そして今度は動物たちを呼んだ。動物や虫たちが、ぞくぞくと門をくぐりぬけ、シンギビスがつくりだした森へとはいっていく。歌は人々たちにまで届き、人々は水をもって門をくぐると、森にまいた。そしてそこに川ができた。地上の水は木々を鉄にかえることはない。死の世界にもうひとつ、森ができあがった。鉄ではなく、地上と同じ緑の森が。そして門は閉まり、消えてしまった。北部の森は何事もなかったように、再びもとの静かな森にもどった。
 皇帝が目をさます。宮殿にもどろうと必死に森の中を駆け回るが、あるのは闇と、もみの木ばかり。なぜ自分が森の中にいるのかもわからなかった。そのとき、ふと、何かが倒れているのに気付く。そして、それが天使だとわかった瞬間、あの恐ろしい出来事がよみがえった。必死にその場をはなれ、暗闇の中を走り続ける。ようやく人影をみつけた。皇帝は人々が自分のもとへやってきて、ひざまずくのを待った。だが、人々はひざまずくどころか、ソーセージをなげてよこす。すっかり腹をたてた皇帝。だが自分一人では何もできない。しかたなくその場を離れた。今度は村人たちのまえに姿をあらわす。だがやはり、村人たちも、食べ物をわけ与えるだけだった。皇帝は、もはや皇帝ではなかった。そこは死の世界なのだ。たとえ人々がそのことに気付いていないとしても……。結局皇帝は、鉄の森までいくと、そこを流れる川の水をのみ、鉄のアッシュの木のうえで、自分が皇帝であったことも忘れて眠り続けた。
 ロキの魂が抜け出て、再びもとの体にもどったシンギビスは、森の中で、ながいこと眠り続けた。そしてようやく目をさましたときには、森の木々は繁り、草花は咲き乱れ、そして川には地上の水が流れていた。喜ぶシンギビス。ついに、森はよみがえったのだ。森の生き物たちは、もう二度と死ぬことはない。村の人々は村での生活に飽きれば、鉄の森へいって休めるし、そして再び、緑の森で地上の水を飲み、村へともどることもできる。そう、そこは死の世界なのだ。
 宮殿から皇帝の姿がきえ、町中が大騒ぎになっていた。例の部屋で気絶していた兵士たちに事情をきくが、一向に答えはかえってこない。結局皇帝のあとは、その甥が継ぐことになる。だが人々は前の皇帝を忘れることはなかった。町中にいろいろなうわさが飛び交う。皇帝は生きているのではないか。どこかに隠れてこの様子をみているのではないか、と。だが皇帝は死の世界で眠り続けているのだ。もっとも、人々がそんなことを知る由もないが……。

 死の世界にひろがる鉄の森。その奥に、死にかけていた北部の森がよみがえった。そしてその永遠の森にはシロハヤブサが飛びまわる。シロハヤブサは、あまりにながい時間その姿でいたためか、もうほとんど忘れてしまったようだ。人間の赤ん坊だったことも、魔法使いの弟子だったことも、魔法使いだったことも、そして、皇帝の天使だったことも。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/8/22