管理者:金原瑞人

Heart Songs and Other Stories(1988,1995)
By Annie Proulx,Scribner

目次
・ アントラー山
・ ストーン・シティー
・ 基盤岩
・ 不運続き
・ 心の歌
・ 雲ひとつない晴れた日
・ トースター
・ 半魚人
・ 感電死
・ 田舎の殺人事件
・ ネガ

アントラー山

 ホークヒルはアントラー山の麓に住んでいた。妻が家を出てから土地を切り売りするようになり、彼の手元に残っているのは川床の海綿のような数エーカーの土地とトレーラーハウスと年金の小切手だけだった。一日の大半を畑や小川で過ごし、夜になれば読書を楽しんだ。読書をするようになったのは歳を取ってからで、特に銃や疑似餌の本が好きだった。カタログをみては買えそうなものに印をつけ、年金で少しずつ買い集めた。彼のもうひとつの楽しみは釣りと猟だった。5月にはマス釣り、10月にはライチョウ、11月にはシカ狩りをした。このチョッピング郡には彼だけの秘密の釣り場や猟場がたくさんあった。
 スタングは幼い頃から卑怯なところのある男で、学校時代から孤独な猟師といった面持ちの父親のいないホークヒルを目の敵にしていた。しかしスタングが15歳の誕生日を迎える数日前に、家族全員が死んでしまった。カラスを退治するために劇薬を混ぜた鍋で、母親がうっかりローストポークを作ってしまったのだ。スタングは納屋で女の子といちゃついていて食事をしなかったので、命拾いをした。それから彼はますますひねくれ者になり、父親が残した飼料店に一日じゅう座って、人の電話を盗み聞きし、ゴシップを言いふらして楽しんでいた。みんなからは変人扱いされ嫌われていた。
 スタングの人生に変化が訪れたのは60歳になってからだった。銀髪になり顔がこけてハンサムになると、古い農家や農場を買って別荘にする都会の連中からもてはやされるようになった。彼らはスタングの作り話を喜んできき、飼料店に出入りするようになった。スタングも客を喜ばせようと家から古い家庭用品や本を持ってきて店に並べた。本はスタングのお祖父さんが買い集めたものだった。
 本の話を妹からきいたホークヒルは、何年かぶりに1マイル上流にあるスタングの家に車を走らせた。飼料店と家はL字形に続いている。ホークヒルは店に寄らず納屋のほうへ行ってみた。穀物袋の後ろに何百という本が山積みされていた。最初に目に入った本はカタログでは85ドルもするが、スタングがつけた値は1ドルだった。どの本もそんな調子だった。ホークヒルは価値のある本と普通の本を2、3冊持ってなにくわぬ顔で店のレジに向かった。彼は冬の間じゅうスタングの納屋へ通って、コレクターのあいだでは200ドルもするものを50セントで買った。そのときはスタングが本の価値に気づきはしないかとひやひやして、お金を支払うときにアントラー山の秘密の猟場でみかけた大ジカのことを話してしまった。スタングはすぐ話に乗ってきて詳しい場所を尋ねた。
 やがて春がきて夏が過ぎ、いよいよ秋のシカ狩りのシーズンがやってきた。ホークヒルは久しぶりにスタングの納屋へいき、よく値札も見ずに本をレジへ持っていった。スタングはフランス産の強いブランディーを彼に勧め、「これはうちによく来るローズさんのお土産さ。フランスの大学に本の講演にいってきたんだ。あの人は司書なんだよ」といって意地悪そうにホークヒルが持ってきた本の値札をみた。55ドルだった。「俺は本の値打ちも知らずに二束三文で売ってたらしい」ホークヒルは本を返して店を出た。
 翌朝ホークヒルはひどい下痢になり、起きていられなかった。その日はシカ狩りの解禁日だった。午後遅く目が覚めるとアントラー山から銃声がきこえた。窓から望遠鏡でのぞくとスタングのオレンジ色のベストがみえた。ちきしょう、あいつは俺に毒入りブランディーを飲ませて、俺をあの猟場にいかせないようにしたんだ。夜になり妹からの電話で、スタングの撃ち取ったシカは130キロもあり、州の記録になることを知った。スタングと一緒にいたのはローズだった。「あの人たち今ごろローズさんちでパーティーよ。このままでいいの?」と妹がいった。
 ホークヒルは本を箱に詰めてトラックに運び、スタングの家をめざした。車道の入り口でライトを消し、静かに進んだ。大きなカエデの木にシカがつる下げられ、風が吹くたびに揺れている。「でっかいなあ」と思わず声がでた。トラックから箱をおろし、本を取りだしてページをひきちぎって、揺れているシカめがけて投げつけた。次から次へと本をひきちぎって、月に向かって投げつけた。紙片はシカの下にできている血溜りに落ちていった。下からきこえてくる川のせせらぎに混じってホークヒルの鳴咽がきこえた。

ストーン・シティー

 私が都会の喧騒から逃れてチョッピング郡に引っ越してきたとき、バンガーは50歳くらいでライチョウ撃ちの名人だった。家が焼け落ちて女房と子供を一度に失い、今はイヌと暮らし、父親の残した金物店をやっていた。いつかバンガーと猟をしてみたいと思っていたところ、秋のライチョウのシーズンに偶然彼と出くわした。そこは見捨てられた農場の果樹園で私が撃った直後に銃声が数発続き、まるで果物のようにライチョウが落ちてきた。すぐにスパニエル犬のレディーが現れて鳥を拾い集め、あとからバンガーがやってきた。ここはどこかとたずねると、ストーン・シティーと呼ばれていた古い農場だという。ストーン爺さんを頭に3、4家族がここで暮らしていたので彼らの小さな町って意味だそうだ。男たちは乱暴者ばかりでシカの密猟をし、マスの池をダイナマイトで爆破し、人の猟犬を撃ち、娘たちを妊娠させた。ここには収税吏も猟の監督官も近寄らなかったという。

 ノリーンは30代のキツネのような小顔の女で、毎週金曜日に私の家に掃除にくる。私が言葉を交わす数少ない地元の人間であり、セックス・フレンドでもある。ベッドのなかで、バンガーの金物店で働いている青年はノリーンによく似てるというと、あれは兄レイモンの息子レイミーだという。レイモンは森に罠を仕掛けてキツネを獲る仕事をしていて、息子に手伝わせようとしていた。実はレイモンはノリーンの異父兄で父親はストーン家の者だという。「レイモンの父親は電気椅子送りになったのよ」とノリーンは声をひそめていったが、それ以上は教えてくれなかった。

 ライチョウのシーズンも残すところあと数週間になった。ある日私はバンガーから猟の誘いを受けストーン・シティーに向かった。凍てつくような寒さの日で、今にも雪が降りそうだった。ふたりとも猟はうまくいったが、雪が激しく降り始めたので廃屋の崩れた壁を風よけにしてたき火をし、コーヒーを飲んだ。バンガーは薪になるものを捜しに地下室におりていって、ナイフを拾ってきた。大きな折りたたみ式の刃が二つついたナイフで、ストーン爺さんのものにまちがいないという。そこで私は電気椅子送りになったストーンのことを話してくれと頼んだ。「それはフロイド・ストーンだ。ストーン一族を滅ぼしたやつだ」とバンガーは話し始めた。
 ストーン一族はここの最初の入植者だったが、乱暴者だったので町の人たちと絶えずもめていた。フロイドは兄弟や従兄弟と同じようにワルで、いつも猟銃を持ち歩いていた。ある日酔っ払って町から山へ帰る途中、列車が通過中の踏み切りに出た。彼の後ろには2台車が続いていて、1台にはバプチストの牧師が乗っていた。やっと列車の最後尾の車両が通りすぎ、デッキにいた男がフロイドに向かって手を振った。するとフロイドは何を思ったか猟銃を取ってその男めがけて発砲した。見ず知らずの男を何の理由もなく射殺したのだ。フロイドはそのままストーン・シティーに帰ってきた。一部始終を見ていた牧師の証言で、州警察や郡保安官など200名もの人間が銃をもってストーン・シティーを包囲した。ストーンの連中にうんざりしていた町の連中も加わっていた。ストーン爺さんは「俺の地所から出ていけ」と叫んだが、警官たちはそれぞれの家に突入し、10分でフロイドを捕まえた。誰かが屋根用のタールをみつけ温め始めると、ほかの者はニワトリやアヒルを殺して羽をむしりとった。そして女子供を除いたストーンの男連中を裸にし熱いタールを陰部にまでかけ、鳥の羽を敷き詰めた床の上に倒した。

 雪が激しく降った翌日の午後、バンガーがえらい剣幕でやってきた。「レディーを知らないか?」昨晩ちょっと外にだしてやったらそのまま朝まで帰ってこない。林のなかを捜したがいないので、もしかしたら私のところではないかと思ったらしい。ふたりでストーン・シティーまで捜しにいくことにした。ストーン・シティーは一面雪野原だった。廃屋にはいなかったので、畑の方を捜してみるとキツネの足跡があり、跡を追っていくとその先にレディーの凍った体が横たわっていた。バンガーはレディーの体から雪を払いのけ、前脚から罠をはずしてやった。バンガーの目は怒りに燃えていた。「誰がやったかわかってる。ストーン爺さんだ。爺さんは俺をさんざんひどい目にあわせておきながらまだ足りないんだ。子供の頃は銃で脅かし、俺がやつら全員をストーン・シティから追い出すと女房や子供を焼死させ、あのナイフをもらったら俺のイヌを殺したってわけか?」罠は最近のものだった。レイミーの名前があった。ストーン一族の者はいつまでたっても奪い取る側の人間なのだ。バンガーがいつも奪い取られる側の人間であるように。
バンガーは金物店を閉じてフロリダかカリフォルニアに移った。レイミーはニューヨークへいき、私は家を売ってここを引き払うことにした。登記の際にストーン・シティーの所有者を調べたら、なんとバンガーだった。だがあそこを本当に所有してるのはストーン一族なのだ。それはこれからも変わらない。

基盤岩
 Perleyパーレイの農場は、氷河といん石で削られた花崗岩の基盤岩の上にあった。岩の上を薄い土の層が覆いニレやカバの林や牧草地になっているが、大洪水でも起きれば表面を覆っているものは流され、基盤岩がむき出しになるだろう。
パーレイは妻のネッタを亡くして生きる気力を失っていた。それでも岩棚の石を裂いて妻の墓石を作り、へたな字で妻の名を彫って、トラクターで牧草地の上まで運んだ。そんな父親をみて娘夫婦はちゃんとした人と再婚することを勧めた。
 パーレイが農場を失い始めたのは春の晴れた日のことだった。ボブホット・マッキーがトラックに乗って川の道からやってきた。ろくでなしのボブホットが何の用だと警戒していると、トラックから妹のモリーンが降りてきて、部屋の掃除や料理をしにきたといった。ボブホットは妹を置いて帰ってしまった。その晩モリーンは三つ編みの髪をほどいてパーレイの部屋にやってきた。
 彼らは一ヶ月後に結婚した。娘のリリーは、娘より4歳も若い女と、それもマッキーの家の者と結婚するなんて認めないと憤慨して結婚式に出席しなかった。モリーンは結婚すると壁紙やカーテンを悪趣味なものに変え、ろくに家事もしなかった。ある晩ブルート種のジャガイモを栽培してくれといいだした。パーレイが断ると彼に殴る蹴るの暴行を働き最後に股間を蹴り上げた。その晩パーレイは娘の部屋で眠った。床のきしむ音がしてモリーンが髪をほどいて裸で彼のベッドに入ってきた。
 9月になるとモリーンはボブホットに家の外壁を塗り替えてもらうといいだした。それ以来ボブホットはしじゅう家に出入りするようになり、家はハイウェーの標識のような下品な黄色になってしまった。ある日トラクターの音で目が覚め外をみると、ボブホットが牧草を刈っていた。だがネッタの墓石がみえない。慌てて丘にいってみると、墓石が倒され割れていた。パーレイはそのまま娘の家にいって、「ボブホットとモリーンが農場を乗っ取ろうとしている」と訴えたが、娘は「自業自得でしょ」と取り合ってくれなかった。
仕方なく家に帰ったが誰もいない。ふたりで酒場にいったらしい。その晩パーレイは納屋にいって寝た。遅くにモリーンが戻ってきて台所で酔いつぶれているボブホットを抱き上げて寝室に連れていくのがみえた。その様子は長年連れ添った夫婦のようだった。きっと子供の頃からそうだったんだ。親に殴られ、ぼろを着せられ、ろくな食べ物も与えられなかったふたりがあたたかさと愛情を相手の体に求めたのだ。そういえば何年も前に痩せた子供たちがジャガイモを掘って生で食べている姿をみかけたことがあった。
 それで思い出した。10年以上も前のあの出来事が、彼の人生を狂わせるきっかけになったのだ。退屈な冬のあとの暖かい日で、当時59歳だった彼は頑強な肉体を持て余していた。マッキーの畑に出ると川のそばに女の子がいた。男用のボロボロのブーツをはき泥だらけの上着を着て、太い三つ編みを垂らしていた。パーレイはその子が誰なのか知っていたが、「名前は?」と声をかけた。女の子は土手をかけのぼって逃げ出そうとしたが、彼は難なく捕まえた。女の子は擦り切れたロープのようにだらっとして無抵抗だった。

不運続き

 明日からシカ狩りのシーズンが始まるので、夫のHaylettヘイルとふたりの息子はそわそわしながら夕食をとっていた。長男のアマンドがまだ戻らないので、ジュリアを連れ戻しにトレーラーハウスにいったのかとメイがきくと、2週間前に道路に丸太を落として深い轍を作ってしまった件で役所の担当者に話をつけにいったとヘイルが答えた。
 翌朝、ヘイルは3時半に起きてストーブをたいておいてくれた。メイはみんなの弁当を作ってから朝食の支度にかかった。もう30年もこんなふうに弁当を作って夫や息子たちを狩りに送り出していた。下の息子たちが先に、アマンドが最後に起きてきた。眠そうで悲しそうなアマンドをみて、メイは「ジュリアとよりを戻すことを考えていたの?」ときいた。「何度もいっただろう。彼女は離婚するつもりなんだ」とアマンドはこわばった声で答えた。こんどはヘイルが担当者との話し合いの結果をきいた。「彼らは道路の補修費として1200ドル請求してきたんだ。トラック3台分の砂利と地ならし機の使用料だとさ。俺なら200ドルでできる。だから1200ドル払う気はないといったら、裁判に持ち込むっていうんだ」と答えてから珍しく弱音を吐き始めた。「今年はやることなすことついてないよ。女房には捨てられるし、歯はまた痛みだすし、トラックのヒーターは壊れるし。とどめがこの道路の一件だ。若ジカの角でも手に入れば運が回ってくるかなあ」アマンドはシカ狩りが得意で、12歳のときから毎年雄ジカをしとめていた。
 雪はまだ降っていたが出発することにした。下の息子たちはヘイルのトラックに、アマンドは自分のトラックに乗った。先にヘイルのトラックが出発し、トレーラーハウスがみえるところまできた。三人は、アマンドが追い出されてから数週間のあいだに何か変化は起きていないかとじっとトレーラーハウスのほうをみた。ジュリアのダットサンの後ろにアマンドの親友のレイの青いトラックがみえた。車は2台とも雪をかぶっていた。
 ヘイルは車をUターンして、アマンドの車が近づくのを待った。別の猟場にいくことにしたからとアマンドにいうと、「それじゃあ、上までいってトレーラーハウスのところでUターンしてくるよ」とアマンドはいってそのまま行ってしまった。「アマンドがふたりを撃ち殺しちゃうよ」と下の息子たちが叫んだ。ヘイルはエンジンを切って耳を澄ませた。自分たちの呼吸とボンネットが冷えてカタカタいう音だけがきこえた。やがてアマンドのトラックが戻ってきてゆっくり止まった。アマンドは車からおりてヘイルにいった。「俺があのふたりのこと知らないとでも思ってたのかい、父さん」

心の歌
 スナイプは1時間も車を運転していたがまだトワイライトの家には着かなかった。
彼はぱっとしない顔に、生え際が後退している赤みがかった髪をしているのに、なぜか女にもてた。彼の心のなかの満たされる思いが女たちを惹きつけるらしい。彼は2年前に妻を捨ててキャサリンと暮らすようになった。町を捨てて田舎で暮らし、妻の経営していたブティックを捨てて短期のつまらない仕事をしていた。そこで田舎のナイトクラブでギターを弾くことを思いつき、仕事求むと広告を出したところ、「水曜の7時においで願いたし」というエノ・トワイライトからの手紙が受け取った。
 トワイライトの家は古くてそこらじゅう傷んでいた。羽目板ははずれているし、窓ガラスは壊れてダンボールとテープで修理してあった。家のなかに入ると、大きなテーブルが壁に寄せられ、トワイライトの家族が車座にすわっていた。真ん中にいるのがエノ・トワイライトのようだ。豊かな白髪に深いしわが刻まれた顔。演奏が始まった。エノはヴァイオリン、ルビーはアコーディオン、シャーレッタはマンドリンを弾き、ネルが歌った。シャーレッタがエノの奥さんでルビーが息子、ネルが娘だなと思った。ネルは太っていたが黒い瞳の美人で、哀愁を帯びた乾いた声で歌う。どれも知らない曲ばかりだったが、加わるのはさほどむずかしくなかった。数曲弾いているうちにスナイプは興奮してきた。彼らは最高だった。9時になると「時間だ」というエノの言葉で終わりになった。「よかったら来週の水曜日も来てくれ。ただしブルースっぽく弾くのは止めてくれ」とエノにいわれた。
 スナイプとキャサリンは農家を改造した湖岸の別荘を借りていた。別荘はキャサリンの両親の友人のもので、近くには樹齢60年ものヒマラヤスギの並木がある。ふたりはウエートレスをしたり肉の解体工場で働いたりしているが、今月の家賃の支払いにも困っていた。結局はキャサリンが金持ちの両親からお金を借りることになるのだろう。お金のことでキャサリンと口論になると、スナイプはいつもの調子で思いつきをしゃべりはじめた。「仕事はなかったけど、彼らはカントリーミュージックの埋もれた凄いグループなんだ。アルバムだって夢じゃない、プロモーションして……」しゃべっているうちに、彼らの曲はオリジナルで、生活のなかから生まれてきた歌なんだということに気づいた。
 スナイプは水曜の演奏を楽しみにするようになった。何回か通ってるうちに色々なことがわかってきた。選曲するのも作曲するのもエノではなくネルで、ネルこそグループの実質的なリーダーだった。スナイプも曲を作るようになりみんなの前で披露した。エノを見ずにネルに向かって直接歌いかけた。ほかの連中も曲の流れを理解してひとりずつ演奏に加わってくれたが、ネルとハモれたときが最高に楽しかった。
 9月の下旬になり霜がおりた。スナイプとキャサリンはここのところうまくいっていなかった。ある晩ひとりでウィスキーを飲んでいるうちにトワイライト家の連中の生活が、汚いシーツや気ままに音楽を奏でる生活が羨ましくなり、そしてネルが欲しくなった。翌朝キャサリンが出かけるとすぐにシャワーを浴びて黒いシルクの新品のシャツをきてトワイライト家に向かった。ネルはキッチンでゼリーを作っていた。シャーレッタは外出中で、エノとルビーは裏山で薪を切っていた。スナイプはネルを後ろから抱きしめ、彼女の温かい背に顔を押し当てた。土埃やアキノキリンソウや甘いブラックベリーのにおいがした。そのときカエデの林でチェーンソーの音が消えた。「ふたりが戻ってくるわ」窓から外をみるとふたりがよろよろしながら戻ってきた。ルビーがけがをしたようだ。みんながルビーの治療をしてるあいだにスナイプは帰ればよかったのだが、エノがスナイプに気づき、ネルのほうをみた。スナイプは頭に血がのぼり「エノ、俺はあんたの娘を愛してる」と心にもないことを口走ってしまった。「ばかだなあ。ネルはエノの女房だよ」とルビーがにやにやしながらいった。「ぶっ殺してやる!」とエノが襲いかかってきたので、スナイプは慌てて車に乗り込み、走り去った。「田舎ものめ!」とバックミラーに向かって叫んだ。
 彼は隣の郡にある大きな町まで車を走らせ、酒場でウィスキーを飲んだ。誰かがウィリー・ネルソンの曲をかけたので店を出た。無性にハイドンがききたくなった。白い枕や清潔なシーツが安全で魅力的に思えた。彼はドラッグストアーでハイドンのシンフォニーのテープを買い、ショッピングモールでキャサリンの好物のシャンペンやロブスターやエンダイブを買った。キャサリンとやり直すんだと心に誓いながら100ドルの小切手を切った。
 それはあっけないくらい簡単なことだった。キャサリンは喜んで彼とやり直すといった。ふたりで西部へいこう。ニューメキシコかアリゾナにいって、チョウセンアサガオの野生の種を集めれば誰かが言い値で買ってくれるだろう。そういいながらスナイプは西部での生活を想像した。へこんだ古いトラックをひとりで運転し、カウボーイブーツに色のくすんだジーンズ、背中にサボテンの刺繍のある黒いシャツを着てメキシコのダンス音楽に合わせて車のハンドルを叩いている自分の姿を。

雲ひとつない晴れた日
 アールが初めてサンティを訪ねてきたのは1年前の秋のことだった。「この辺の連中からあんたはライチョウ撃ちの名人だってきいた。ぜひ撃ち方を教えて欲しい。謝礼はちゃんとするから」アールが金持ちなのは一目でわかった。いいブーツに、いいズボン。息子よりも若く、30歳にもなっていないだろう。家で経営コンサルタントをやっているらしい。サンティは断りきれずに月曜日に猟に連れていくと約束した。
 月曜日は雲ひとつなく晴れていた。猟犬のノアは知らない人間が一緒なので興奮していた。アールは撃つのがのろく、引き金をひく頃には鳥は高い木の洞のなかに隠れてしまっている。サンティが「鳥をねらうな。鳥が飛ぶ方向をねらうんだ」と何度注意しても、アールは撃ち損ね、その度に何やかや理由をつけて言い訳した。結局アールは1羽もとれずにサンティに100ドル払い、また来週もお願いしたいといった。
 次の3回の猟もまったく同じ結果だった。アールは映画のギャングのように脚を大股に広げ腰で銃を支えて撃った。いくら注意しても直らない。そこでサンティは週に3回連れていったが、アールは1羽も命中せずサンティに300ドル支払った。サンティは子供をだましてるような気がして落ち着かなかった。そこでクレーで練習することを提案し、サンティがクレーを投げてやってアールに撃たせたが、当たったのはひとつだけだった。それでもアールは大喜びだった。だが実際に猟にでると前と同じで、1羽の収穫もないままアールは猟のシーズンを終えた。サンティはこれでアールから開放されると安堵した。
 再び秋がやってきた。今年は雲ひとつない晴れた日にひとりで猟にいけるとサンティは楽しみにしていた。ところがまたアールがやってきた。「教えられることは全部教えた。もうこれ以上教えることはないし、お金をもらういわれもない」とサンティは断ったが、アールは猟の仲間としていきたいといいだした。これで今年の猟も台無しだ。
 アールは相変わらず命中しないが焦る様子もなく、今ではアールのほうが猟を仕切っている。その日は曇っていて嵐がきそうだった。黒い雲がみるみるうちに広がり、突風が吹いて雷が轟いた。大粒の雨が降ってきて、ふたりは慌ててトウヒの木の下に逃げ込んだ。木の前は狭い空き地になっていて雷の音に驚いた鳥が飛び去ろうとしていた。アールが引き金をひいた。と同時にふたりの後ろで稲光がした。鳥は低くすれすれに飛んでいったのでアールは命中したものと思い込んだ。「取ってこい」とノアに命令したが、ノアは雷の音に脅えて動かない。「俺の鳥を取ってこい、駄目イヌめ」とアールはいきり立った。サンティがさっきの雷が落ちた木のそばにいってみると、鳥が3羽落ちていた。雷に当たって死んでいたが、見ただけではわからない。サンティは3羽を拾って木の下に戻ってきた。「わしのイヌをどなるな。ほら、あんたのだ。1発で3羽命中するなんて大したものだ」
 サンティは別れ際にこういった。「これでお別れだ。わしもずいぶん我慢したが、自分のイヌを侮辱されるのは我慢ならない」アールはサンティが嫉妬してるのだろうと思った。
 家に帰ってからサンティはにやにやしていた。アールは女房になんていったんだろう? 3羽のヤマウズラの羽をむしりとったら、もう焼けていたんだから。

トースター
ブルーは2週間の予定で故郷に帰ってきた。母親のアパートは散らかり放題で、きちんとしていた昔と大ちがいだった。母親は保安官からの手紙をみせて、「うちの山荘に強盗が入ったのよ。こんど車でいってどんな様子かみてきておくれ」といった。母親がブルーの家族のことをまったく尋ねないので、ブルーも持ってきた妻と娘の写真を見せていない。きれいに髪を染めた妻とポニーに乗った娘の写真はブルーの社会的成功を物語っていた。彼は数回の挫折ののち自己改革セミナーに参加して積極的な人間に生まれ変わった。体重を減らしセンスある洋服を着て、黒っぽいウェーブのかかった部分かつらをかぶった。
 翌日の午後、ブルーは山荘に向かった。子供の頃は林の奥にあったような気がしたが、15分で着いてしまった。山荘の点検をしたところちょっと修理すればまだまだ使えそうだった。夏になったら妻と娘を連れてこよう。地下室の入り口に雪だまりがあり食器と1リットル用のミルク缶が埋もれていた。ミルク缶には思い出があった。子供の頃、父親はブルーを車に乗せて毎晩フィッツロイさんのところに新鮮なミルクを買いに連れてってくれた。フィッツロイさんはミルクの缶をブルーに渡すと、ポーチに戻って奥さんの隣に座わりアコーディオンを弾き始めた。
 ブルーは修理箇所のリストと買い物のリストを作り、さっそく買いに出かけた。本道に入り橋を渡ったところに自転車が置き去りにされ、1マイル先をフィッツロイさんが歩いていた。ブルーはフィッツロイさんを車に乗せ、自己紹介し、ミルク缶と奥さんとアコーディオンの話をした。買い物の帰りもフィッツロイさんを乗せ、家まで送った。
 フィッツロイさんは刑務所から出たばかりで住むあてのない人に部屋を貸しているという。今はギルバートという男で彼とはうまくやっているそうだ。玄関からテーブルの上のトースターが見えた。ユリの花が描かれている山荘にあったトースターだ。子供の頃ブルーがチーズサンドイッチをトースターで焼こうとしたら、チーズが焦げてトースターから黒い煙が出て母親にひどく叱られた。父親がブルーをかばい、おまえが料理しないからだと母親を責めると、母親はトースターを父親に向かって投げ、父親は熱くて煙の出ているトースターを素手で受け取ってやけどしてしまった。その後もトースターは使っていた。
 ブルーは山荘に戻ったが、トースターのことが忘れられなかった。ギルバートが盗んだにちがいない。その後の数日間は山荘の修理に没頭した。修理は完了し、妻子の待つニューメキシコへ帰るまであと数日となった。ラジオでは大雪が近づいていることを知らせていた。ブルーは山荘の修理が完璧かどうかテストするいい機会だと思った。嵐を前にまず買い出しだ。真っ先に浮かんだのはトースターだった。ブルーは車に乗ってフィッツロイさんの家に向かった。「トースターを返してくれ。ギルバートがうちの別荘を荒らしたことは黙っててやる」と自己改革セミナーで学んだように、冷静にそして断固としていった。玄関でフィッツロイさんともみ合いになったが、トースターをつかんで車に乗り込んだ。帰りにスーパーに寄ってパンやバターやジャムを買い込み、家でトーストにして食べた。
夜になると雪から雨に変わったが、どこも雨漏りしなかった。これで大丈夫だ。翌朝山荘を閉めもう一度あたりを点検した。地下室の入り口で何かが光った。近づいてみるとトースターのステンレスの部分で、側面にはムギを束ねた絵が描かれていた。両親がキッチンで投げ合ったトースターだ。なんで俺はフィッツロイさんちのトースターをうちのだと思い込んだんだろう。

半魚人
 ソバージュとリバーズが知りあいになったのは、リバースが都会から引っ越してきて1年もたってからだった。ソバージュは1マイル先のトレーラハウスに変人の妻と暮らしていた。朝早くから夜遅くまでよく働く男で、リバーズよりも20歳は若かった。リバーズは退職金で好きな釣り具店を開いていた。妻は鳥の刺繍が上手で本まで出していた。
 5月のある日、店にいたリバーズに妻から電話がかかってきた。ソバージュの妻が車でやってきて庭を突っ切ってリンゴの木に衝突し、折ってしまったというのだ。「もうこんなところ我慢できない」といって電話を切った。夕方帰宅すると妻はもう家を出ていた。その晩リバーズが訪ねてきて救急車を呼びたいから電話を貸してくれといった。「家に帰ってみると女房がネズミを食ってるんだ。電話は女房が風呂に入れてしまって使えない」
 次の日にソバージュがリバーズの店にやってきた。昨日の礼をいいに来たのかと思ったら「イエローボグ(黄色い湿原)を知っているか」といいだした。そこは大きな3つの川とたくさんの名もない小川が流れこむ湿地帯で4キロもあるマスが住みついているという。
 数日後ソバージュとリバーズはトラックに乗ってイエローボグをめざした。午後遅くに着いたときはうすら寒かった。ソバージュはトラックからカヌーをおろした。リバースはウィスキーが3本も入っている重いリュックを背負っていた。リバーズは6年間妻に禁酒の誓いを立てていた。その晩は近くにテントを張って休んだ。翌朝ふたりはカヌーで奥に進んだ。水の色が濁っていていかにもマスがいそうだった。川岸にテントを張ってそこを根城にすることにし、霧が晴れてきたので釣りを始めた。ソバージュは安物の竿と疑似餌で若いバスぐらいの大きさのマスを5、6匹釣ったが、リバーズはギャリソンの竹竿とニンフ(カゲロウの幼虫に似た疑似餌)で一匹も釣れなかった。2時にリバーズは最初のウィスキーのびんを開けた。ソバージュが焼けたマスを勧めたが「まだ釣れてないから」とリバーズは断って自分だけのポイントを捜して林のなかに入っていった。別の川へ出たが長靴をテントに忘れたので、ブーツ以外すべて脱いで裸になって川に入った。数時間色々なキャスト(投げ)をしてみたが一匹もかからない。仕方なく洋服を着てテントに戻った。
 ソバージュはアルミホイルに包んだ40センチもある焼いたマスをリバーズに勧めたが、リバーズは食欲がないからといって断わり、2本目のウィスキーを開けた。ソバージュはがっかりしてひとりで食べ始めたが、ふいにおかしな話を始めた。「ここには俺たち以外にも人がいるぞ。川の向こうで人影がみえたんだ。何度もキャストをしてるんだ。霧が晴れてきたからよくみたら、そいつは裸で冷たい川のに膝までつかってた。顔はみえなかった」リバーズは彼をからかってみたくなった。「ソバージュ、そりゃ半魚人だ。体は人間で頭はマスの。心配するなそいつの女さえ殺さなきゃ大丈夫だ。メスは釣ってないよな。ひょっとしたら、俺たちの女房がいなくなったのもそいつのせいかもしれない」ソバージュは「いいかげんにしてくれ、あんたは酔っ払ってる。朝になったら帰ろう」といってテントに入った。しばらく飲んでからリバーズもテントに入った。ろうそくを点して最後のウィスキーを開けた。ガラスのビンに彼の顔が映った。あごのない白っぽい鼻のうつろな錆色の目をした半魚人が映っていた。

感電死

 私たちクリュー家は昔この辺一帯の土地を所有し、「アトランティックオーシャン農場」というたいそうな名前の農場を持っていたが、父親やその兄弟が次から次へと土地を売ってしまい、今や伯母と私は数エーカーの土地と家と納屋を持っているだけだった。クリュー家の家屋敷は、今はメリーランドの精神科医Moon-Azureムーンアザー夫妻が所有している。彼らは毎年6月に来て8月に帰り、週末は友人たちを呼んでパーティーを開いている。夫妻は古い証書や農場の地図やクリュー家の家系に興味を持ち、町政記録係のところまで出向いて150年前のクリュー家のヒツジの烙印まで調べ上げた。彼らは家屋敷の手入れに人手が必要になると、私たちやクリュー一族のBeaubienボウビーン家の者に頼むのでみんな迷惑していた。だから夏の終わりに彼らが帰るとほっとした。ところがムーンアザーが引退したので、これからは真冬以外ここで暮らすことになった。

 私たちの父は何をやってもうまくいかないくせに、すぐに新しいものに飛びつく人だった。父の友人にダイヤモンド・ウォードという男がいて、彼が電力会社に入ると自分も一緒に入った。当時はまだ電気が普及しておらず、父は「農場に電気をもたらす男」という役割に満足していた。勤めていた4年間は無欠勤だった。休憩時間になると、夏のあいだは農場の木陰でハンマーとのみを使って石になにやら彫っていた。父がこの仕事を辞めたのは、ダイヤモンドが感電死したからだ。電線にひっかかったカイトを取ろうとして起きた事故だった。ダイヤモンドの死後、父は電気器具の販売を始めた。

 ムーンアザー家でパーティーがあるらしく車が道路を埋め尽くしていた。夫妻や友人たちが農場に出てなにやら騒いでいるのがみえた。マリー・ボウビーンは「死体がみつかったのよ。検死官もいたし」とわざわざ電話をよこした。翌日近くに住む友人のところへいくと、彼は新聞をみせてくれた。「あんたのお隣さん、インディアンの彫刻をみつけたようだ」といった。新聞の記事には有史以前のインディアンの彫刻と書かれていたが、写真に写っていたのは石に刻まれた父の顔だった。50年前の夏の休憩時間に父が彫っていたものだ。どう説明すれば友人にわかってもらえるだろう。

田舎の殺人事件
 どしゃ降りになるちょっと前に「エホバの証人」の男女がトレーラーハウスの遺体を発見した。ドアをノックしても返事がないので女が窓ガラス越しに中をのぞくと、レンジの前で仰向けになって倒れてるローズと、ウォレンの血に染まった足がみえた。二人は慌てて車に戻り本道にでた。その頃には大粒の雨が降り出していた。ふたりはシーモンの店に駆け込み「警察に電話して。人が死んでるの。トレーラーハウスで」と叫んだ。

 シーモンの店にはスナックや雑貨やビデオや自家製のブラウニーが置いてある。夫のAlbroアルブロは50前後で夜勤の運転手をしていて、シーモンとは再婚だった。
ウォレン・トラッセルはトラッセルヒルと呼ばれる丘の貧弱なトレーラーハウスで暮らしていた。道はここで行き止まりなので家の前で車がよくUターンする。ウォレンは友人のアーチーとぶらぶらしていたが、トラックに乗って道端の缶やビンを集めて換金することもあった。ローズはアーチーの女房だったが、いつのまにかウォレンと暮らし始めた。「きっと揉め事が起きるわよ。アーチーは短気だから」とシーモンは心配していた。
 ある晩アルブロがいつものようにトラッセルヒルでUターンしようとすると、トラックがじゃまでできない。すると女が家から出てきて彼の首に銃口をあて、ここは私有地だから出ていけといった。それがローズだった。翌朝アルブロが芝生の手入れをしているとウォレンのトラックが止まり、ウォレンとローズが店に入っていった。やがてローズだけ出てきて、「あんた、シーモンさんの旦那なんだってね。ウォレンがいつでも庭でUターンしていいってさ」といって、指輪をはめていない手でアルブロの股間をぎゅっとつかんだ。

 何マイルも離れたところではアーチーが狩り用の矢の先を研ぎ、肩にシカ狩り用の猟銃を担いで「誰だってアーチー様をこけにできないんだからな」と呟いていた。

 その日からアルブロは指輪をはめていないローズの手のことばかり考えていた。ある晩遅くに家を抜け出してウォレンのトレーラーハウスへ向かった。車を止めるとローズが近づいてきて「ずいぶん時間がかかるんだね。もっと早く会えると思ってたよ」といった。「どこへいく?」とアルブロがきくと「何いってんの、トラックの後ろに止めて。どうせ1分もかからないんだから」と答えた。ローズの手は巧みであっというまにアルブロは果ててしまった。そのときパッと光が当たった。「車があがってくるんでしょ」とローズはいったが、アルブロはひょっとしたらアーチーかもしれないと思い、すぐに車を出した。しかし丘の麓まできて気持ちが落ち着いてくると、ウォレンがどこかに隠れてフラッシュ付きのカメラで写真を撮ったんだと確信した。ふたりとも汚ない奴らだ。

 暑い日でアーチーは朝からビールとテキーラを飲み、さらにショッピングセンターへ行ってウォッカを買った。バックミラーに写る自分に「バン、バン」と撃つ真似をした。

 アルブロは芝刈りをしていたが、暑くて昼に店に戻った。シーモンが何かいいかけたが、アルブロはもう外に出て車に乗り込もうとしていた。彼は午後遅くに青白い顔をして戻ってきて、そのままガレージに入っていった。すぐに雨が降り出した。

「エホバの証人」の男は手が震えて警察に電話できなかったので、女がかわりにした。「警察がすぐにきます」といって、見てきたことをシーモンに話しだした。そのあとシーモンはガレージにいき、アルブロに今きいたばかり話をした。「もうじき警察がくるから」といって店に戻ろうとしたが、振り返って「あんたは黙ってなさいよ。あたしのいうことわかる? あんたは黙ってりゃいいのよ」と念を押した。そんなこと彼は百も承知だった。

ネガ
 毎年のように金持ちが山にガラスの家を建てて引っ越してくる。日没ともなると艦隊が攻撃の合図をするようにガラスの屋敷が一斉に光を放す。最新のは有名なテレビタレントのバック・Bのもので彼は6月に引っ越してきた。自転車を屋根にくくりつけた埃だらけのベンツが村の店の前に止まり、自分の屋敷への道順をきいた。数週間後にタクシーが同じ場所に止まりウォルター・ウェルターが降りて、迎えにきてくれたバック・Bのベンツに三脚とカメラとスーツケースを6つ積みこんだ。それをみていた店主は「もって1年だね」といったが、最初の雪が降る前にふたりは引っ越した。
 ふたりが最初にアルバイナをみたのはショッピングセンターだった。彼女はビールとポテトチップスの袋を持って、3人の子供と一緒に駐車場を歩いていた。ウォルターが2度目にみたときは、子供たちと路肩を歩いていた。彼は車を止めて「乗っていくかい」と声をかけた。彼女は子供たちを後部座席に乗せ自分は助手席に座った。アルバイナは12歳の少女のようにほっそりしていた。髪は自分で切ったのか不揃いで、顔は真っ白だった。3度目にみたのもショッピングセンターの駐車場で、今度はアルバイナが話しかけてきた。ウォルターのカメラをみて「カメラマンなの? 今度あたしを撮ってよ」といった。ウォルターも彼女の表情を撮ってみたいと思った。その様子をみてバック・Bは眉をひそめた。
 10月になるとアルバイナはベンツで寝泊まりするようになった。ある日曜の朝ウォルターが新聞を買いに出るとアルバイナがベンツのそばにうずくまっていた。土曜の夜に男と喧嘩になり逃げ出してきたという。ウォルターは彼女をキッチンに通し、暖かいものを与えた。それから彼女は頻繁にベンツで寝泊まりするようになり、セーターやズボンやブラシや靴の入ったビニール袋を持ちこんだ。子供たちのことが気になったがきかなかった。
 秋はあっというまに深まった。今ではアルバイナは毎晩ベンツで寝ている。ウォルターがこの村の救貧院の廃虚の写真を撮りにいこうとすると、ベンツで寝ていたアルバイナもそのままついてきた。「ねえ、あたしを撮ってよ」といわれ、ウォルターはここで彼女を撮ることにした。ウォルターは彼女を窓の側に立たせたり、洋服を脱がせて部屋の中を歩かせたりした。ウォルターの要求は段々とエスカレートしていき、ガラスの破片のあるところにしゃがんでくれといいだした。凍えそうだから洋服を着てもいいかとアルバイナがきいても、もう少しの一点張りだった。要求されるままにレンジの上にのぼって流しに足を踏み入れたとき錆びた金属で足を切ってしまった。アルバイナはまるで恐ろしい儀式のいけにえになったような気がして泣き出した。撮影が終わって、アルバイナを酒場でおろすとウォルターは20ドル紙幣を2枚渡し、もうベンツで寝るな、二度とくるなといった。
 その晩さっそくウォルターはアルバイナの写真を現像した。いいものが撮れていた。二階にいくと、ドアの前にウォルターのスーツケースが並んでいた。「ここは寒すぎるから今晩引き払って、売りに出す」とバック・Bがいった。「自分の車に人が寝泊まりするのはうんざりだ。ベンツが臭う。もう車は使えない。お前にもうんざりだ。あれに乗って出てってくれ、今すぐ」ウォルターは「皮肉だな。彼女はもうこないよ。今日写真を撮ったんだ。それでおしまいさ」といった。バック・Bはサーベルを振り上げて「出てけ!」と怒鳴った。ウォルターは笑い出しそうだった。赤い顔をしてサーベルを振りまわしてる年取ったバック・Bがおかしく哀れだった。まあ、ベンツは慰謝料だと思えばいい。あとは下におりていって、ネガを取ってベンツに乗り込むだけだ。彼はその通りにした。

感想
 Close Rangeとちがって、今回の短編集は話の密度が高く完成されているものが多い。どの作品も舞台はモンタナ州のチョッピング郡というところらしいが、人物の描き方がしっかりしていて人間としての普遍性があるので、Close Rangeのように「同じような人間の同じような不幸の話」にはなっていない。作品のひとつひとつにそれぞれちがった持ち味があり、飽きることがない。
 ただ共通するテーマはいくつかあるように思う。例えば「アントラー山」、「ストーン・シティー」、「基盤岩」に描かれているような「奪う側の人間 」と「奪われる側の人間」との対立関係、「雲ひとつない晴れた日」、「感電死」、「ネガ」に描かれている「都会からきた(別荘の)金持ち連中」と「地元の人間」との対立関係だ。ただその関係は、一方的に搾取されっぱなしのもの(「ストーン・シティー」)もあれば、復讐劇のように仕返しをして立場が逆転するもの(「アントラー山」、「基盤岩」)、そこまでいかなくても最後にしてやったりと胸をなでおろすもの(「雲ひとつない晴れた日」、「感電死」)がある。
 作者はClose Rangeの中の2作品で「ベスト・アメリカン・ショートストーリー」に選ばれ、O・ヘンリー短編賞を受賞している。前回と今回の短編集を合わせて全部で20作品ほど読んだが、(駄作と思われるものもあるが)やはり短編の名手だなと思った。人間の愚かさや弱さ、人生の巡り合わせなどを巧みな心象風景と独特な比喩で描いているからだ。また近親相姦や小児性愛や同性愛など古くて新しいテーマを登場人物たちの性癖として描きこみ、人間の暗部や暗い衝動をよく捉えている。
 ただし全体としてかなりドライなタッチの作品が多く、センチメンタルな感動を期待する向きには受けがよくないと思う。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/9/29