管理者:金原瑞人

【タイトル】Mr.Fox
Macmillan Children's Book(1979年)187ページ
【作者】Ann Lawrence
【概要】
孤児のジャックは両親を探しにやってきたカスタベリーの町で裕福な未亡人エリナの娘ポリーと出会い恋に落ちる。だが黒マントを着た謎の老婆の陰謀により、ジャックはエリナと、ポリーはカストリアム公爵と婚約させられてしまう。ジャックは謎の老婆とそっくりのもう一人の老婆の助けを得てエリナやカストリアム公の邪魔を退け、ポリーとの結婚を実現させる。ドラマを影で操っていた二人の老婆の正体は、けんかと仲直りを繰り返すミスター・フォックスとフェアリーゴッドマザー(主人公を守る妖精)だった。

【主な登場人物】
ジャック: 孤児のリュート弾きの若者
エリナ: カスタベリーの町の裕福な未亡人
ポリー: エリナの娘
カストリアム公: カスタベリーの町の郊外に住む公爵
ミスター・フォックス: いろいろな悪事を影で操る謎の紳士
フェアリーゴッドマザー: ミスター・フォックスと対立してジャックを守る謎の女

【あらすじ】
プロローグ
 長年にわたる不和を解消したお祝いに、彼と彼女は連れ立って劇場に出かけ、楽しいひとときを過ごした。帰りの馬車の中で、二人は演劇の話から文芸一般に関する議論を展開した。自分をいっぱしの作家と認識している二人は、やがてお互いの作品を批判しはじめる。彼が彼女を家まで送り届ける頃には、二人は再び険悪な仲に逆戻りしていた。

第1章
 夏至の日の夜明け前、人気のないカスタベリーの街角で二人の老婆がすれちがった。頭からすっぽりと長い衣をまとった姿は、遠目には双子と見まごうほどよく似ている。二人はすれちがいざまにお互いをののしりはじめた。
「新しい作品の素材を探しにきたところだ。邪魔するなよ」
「また駄作を書こうってのかい?いいかげんあきらめな」
「おまえこそ、くだらないおせっかいはやめたらどうだ」
 ののしりあううちに、老婆に見えた二人の本当の姿が明らかになっていく。一人は老婆ではなく、まだ若い女。もう一人は黒い乗馬用のブーツをはいた背の高いハンサムな男。ひとしきりののしりあった二人は、反対方向へと去って行った。

第2章〜第19章
 リュート弾きのジャックは夏至祭りの初日にカスタベリーの町にやってきた。町は屋台や見世物小屋でごったがえしている。ジャックは往来でロバが立ち往生して困っていた老婆の荷物を運んでやった。緑の革靴をはいた老婆は喜んでお礼にサクランボをくれた。そのあとジャックはポリーという名の少女と出会い、老婆にもらったサクランボをあげる。二人は一緒に祭り見物をし、お互い身の上を話しあった。
 ジャックは海辺の小さな村で祖父母に育てられたが、祖父母が亡くなり孤児となったため、両親を探しにカスタベリーの町にやってきた。祖母が亡くなる前にカスタベリーの町の名を口にしたからだ。手がかりはそのとき祖母が手渡してくれたルビーの指輪だった。
 いっぽうポリーはカスタベリーの裕福な未亡人、エリナ・サマートンの娘だった。ジャックに好感をもったポリーは母に頼んで仕事を見つけてやると言ってジャックを家へ連れ帰った。ジャックは機転の利いた受け答えでエリナの歓心を買い、彼女の秘書に取り立てられた。時間がたつにつれ、エリナのジャックに対する信頼は篤くなっていった。また、ポリーとジャックの仲は進展し、お互いに結婚を考えるようになった。

 カスタベリーの郊外に、カストリアム公爵の屋敷があった。初代カストリアム公が贅を尽くして建てた屋敷だ。そのために初代はビール工場や宿屋をエリナの亡き夫の父に売らねばならなかった。二代目の公爵も道楽で金を使い果たし、染物と皮なめしの工場をエリナの夫に売った。三代目にあたる現カストリアム公も初代、二代に劣らぬ道楽者で、残りの財産をほとんどエリナに売った。妻を亡くし子もいない彼は、子孫に残す財産がないことを悔やむ様子もなかったが、中年にいたって、ふと財産が欲しくなった。だがそれは今や不可能に近い。ある日、カストリアム公が馬に乗りながらそのことを思い悩んでいると、フードつきの黒いマントをはおい、黒光りする乗馬用ブーツをはいた老婆が現れた。
「子供と金が欲しいなら、エリナの娘を娶るとよい……」
 老婆はそう言って姿を消した。カストリアム公は老婆の助言をたわごとと一笑に付したが、あるとき口実をもうけてエリナの家を訪れ、その娘ポリーを見た。ポリーは公爵夫人にふさわしい気品と美しさを兼ね備えた娘だった。カストリアム公はエリナの家に足しげく通い、ポリーを妻に迎えたいとエリナに申し出た。
 エリナは驚いた。金に困っている公爵が何か企んでいるとは思ったが、まさか自分ではなく娘に結婚を申し込んでくるとは……。だが娘にとって悪い話ではない。エリナはさっそく公爵の希望をポリーに伝え、ありがたくお受けするようにと言い渡した。
 ポリーは驚き悲しんだ。ジャック以外の男性と結婚するのはいやだ。ましてあんな年上の人……。ポリーは思いきって、ジャックと結婚したいと思っていることを母に打ち明けた。だがポリーの必死の願いに対して、エリナは驚くべきことを言った。
「ポリー、あなたはジャックの好意を誤解しているわ。ジャックは私と結婚するのよ」
 ポリーは絶句し、それからジャックに向かってののしりの言葉を吐くと、泣きじゃくりながら自室に駆けこんだ。ジャックも同じように驚き、エリナに真意を確かめ、誤解を解こうとした。だがそのときカストリアム公がやってきて、ジャックはチャンスを逸してしまった。エリナはカストリアム公にも自分とジャックが結婚することを告げた。
 カストリアム公が意外なことの成り行きに驚きながら家路についていると、以前ポリーとの結婚をそそのかしたあの老婆が現れた。
「ジャックがエリナと結婚すると財産は彼のもの。ジャックを片づける方法を考えたほうがよくないかい?」

 一夜明けて、ジャックはポリーと結婚したいことをまだエリナに言い出せないでいた。いっぽうエリナは、ジプシーの占い女にそそのかされてジャックと結婚すると口走ったものの、かすかな後悔にさいなまれていた。そんな二人のもとへカストリアム公がやってきてこう提案した。
「近い将来に夫となる人を使用人として使っているのも気がひけるでしょう。よかったらジャックに私の秘書として働いてもらいましょうか」
 こうしてジャックはカストリアム公の秘書となり、公爵はさっそくジャックに仕事をいいつけた。
「フォレスト・インという宿屋に悪い噂がある。何が起こっているのか、潜入して調べてきてくれ」
 翌朝ジャックはフォレスト・インに向かった。途中、森の中でうたた寝をしてふと目が覚めると、目の前にフードつきの黒いマントを着た老婆が立っている。老婆はハンカチに包んだ石のようなものをジャックに渡した。
「それは石のように見えるがチーズだよ。石のように固いが石よりは割りやすい。よおく覚えておおき。チーズは食べず、ベッドには寝ない、と」
 老婆はそう言って去っていった。ジャックはわけがわからず、そのチーズを捨てようとして思いとどまった。老婆の様子にひっかかるものを感じたからだ。緑色のあの靴……。カスタベリーの祭でサクランボをくれた老婆と同じだ! でもなぜ……?

フォレスト・インは見るからに汚い宿だった。耳を澄ますと中から恐ろしい「盗賊の歌」が聞こえてくる。案内を乞うと、狂暴そうな大男の主人が中のホールに通してくれた。そこには同じように人相の悪い客たちが五人いた。ジャックがカストリアム公の使いできたことを告げると、客たちは脅かすように近づいてくる。ハンカチで汗を拭こうとポケットに手をつっこむと、老婆のくれたチーズが手に触れた。ジャックはそれを石にみたててみんなの前で握りつぶした。その怪力ぶりに恐れをなした男たちはおとなしくなり、ジャックはぶじ宿の部屋に通された。老婆の言いつけどおりベッドを避けて床に横たわると、階下のゴロツキどもの話し声が聞こえた。
「あいつはスパイだ。寝入るのを待って襲い、朝になってから石切り場に捨てに行こう」
 驚いたジャックは部屋にあった椅子とかばんでベッドの上に人が寝ているように装い、自分はベッドの下に隠れた。夜になるとゴロツキたちが部屋に入ってきて、布団の上からめちゃくちゃに殴りつけて出ていった。翌朝、ジャックはなにくわぬ顔でホールに降りていき、これから役人を大勢呼んで徹底的な調査を始めると言った。男たちと宿の主人はまっ青になって許しを乞うた。
「私たちはかつてはまっとうな職についた善良な市民でしたが、脅され操られてしかたなく盗賊に身をやつしたのです」
「誰に脅されたというのだ?」
「ミスター・フォックスです。彼がこの宿に来た客に盗賊行為を働けと命じたのです」
 善良な市民になれば、たとえミスター・フォックスが相手でも法が守ってくれる。ジャックはそう説いてゴロツキたちに改心を約束させた。

 ジャックが町に戻ってくると、カストリアム公は驚き、エリナは喜んだ。ジャックはフォレスト・インのゴロツキを改心させた話をしてみんなを感心させた。ジャックを無視していたポリーの態度も徐々に軟化していくように見えた。おもしろくないのは公爵だ。なんとかジャックを追い払う手はないかと考えていると、また黒マントの老婆が現れた。
「私のアドバイスを聞きたくないかい? たとえばドラゴンの話なんかを……」

 その日遅く、カストリアム公はジャックの仕事部屋を訪れ、また仕事をいいつけた。
「ある岩山の洞窟にドラゴンが住んでいて、村人は一年おきに金で飾りたてた乙女をいけにえとして捧げている。そのドラゴンを退治して、乙女たちを助けてきてほしい」
 ジャックはピストルを二丁与えられ、ドラゴンの住む岩山に向けて出発した。山道にさしかかったところで、以前チーズをくれた黒マントの老婆が座っていた。
「どこへ行っても礼儀をわきまえること。きちんと話す相手に対して、脅したり汚い言葉を吐いてはいけないよ」
 老婆はそれだけ言うと去っていった。
 岩山の頂上に着くと、話に聞いた通りの洞窟があり、中にドラゴンがいた。ぽってりした腹と翼を持ち、口から火を吹くウェールズのドラゴンだ。ジャックのピストルを見て気分を害したように言う。
「おまえもぼくを退治しにきた英雄気取りの男か?」
 ジャックは老婆の言葉を思い出し、ピストルをしまって丁寧に聞いた。
「いけにえの乙女や金はどうしたの?」
「そんなものぼくは見たこともない。全部ミスター・フォックスが持っていっちまうんだ!」 ドラゴンは泣きながら話した。
「ぼくはもともといけにえなんて欲しくなかった。でもみんながぼくのことを嫌うもんだから、ついやつの口車に乗ってしまったんだ。いけにえを取ってぼくが金を、やつは乙女をもらうという約束さ。でも何もかもやつが一人占めだ」
 ジャックはドラゴンに、町へ来て本当のことを話せばみんな許してくれると説いた。ドラゴンはジャックとともに山を降りた。
 ジャックとドラゴンはカスタベリーの町に帰り、人々に事の次第を話した。そのあとドラゴンが美しいウェールズの歌をうたうと、町の人々は感動の涙を流した。聴衆の中にポリーもいた。ポリーはジャックの活躍を見てすっかり機嫌をなおし、二人は仲直りして、あらためて将来を誓い合った。だがその様子をカストリアム公と黒マントの老婆が見ていた。二人はなにやら話をしたあと、群集の中へ消えていった。

 ジャックの帰還を祝う宴の席で、カストリアム公が言った。
「これほどの業績をあげた人物を私のもとに置いておくのはもったいない。私は皇太子を存じあげているので、ジャックの推薦状を書き、皇室に紹介しようと思う」
 こうしてジャックはカストリアム公の推薦状を手に、ロンドンを目指すことになった。
 途中、ジャックはフォレスト・インのゴロツキたちの様子を見ていこうと思い立った。フォレスト・インに着くと、そこはかつてとは打って変わった立派な宿屋になっていた。主人のペニーロイヤル夫妻も見違えるように働き者になっている。ゴロツキだった客たちは、それぞれ弁護士、保険屋、株の仲買人、不動産屋、ギャンブルの胴元になっていた。だが主人も元ゴロツキたちも、いつミスター・フォックスが仕返しに来るかと恐れている様子だった。座してやられるのを待つより、こちらからやっつけたらどうかとジャックが言うと、元ゴロツキたちは期待のまなざしでジャックを見る。こうしてジャックはフォレスト・インの元ゴロツキたちと一緒にミスター・フォックス退治に向かうこととなった。

 ジャックがロンドンに立ったあと、ポリーはジャックがロンドンから帰ってくる前にカストリアム公と結婚させられてしまうのではないかと心配だった。じっとしていられなくなったポリーは、ジャックのいるロンドンへ行こうと決心して家を出た。だが十分な準備をしていなかったため、すぐに疲れて前へ進めなくなってしまった。そこへ黒いマントを着た老婆のひく馬車が通りかかり、ポリーを拾ってくれた。馬車は驚くべき早さでロンドンへ向かった。

 ポリーの失踪を知ったエリナとカストリアム公は八方手を尽くしたがポリーの消息は知れなかった。これだけ探していないということは、森へ入ったのか。そう思ってエリナはがく然とした。あの深い森で一人の人間を探しだすのは不可能に近い。それができる人物がいるとすれば、ミスター・フォックスしかいない。エリナは迷ったすえ、森の中にあるというミスター・フォックスの屋敷を訪ねることにした。
 苦労して見つけたミスター・フォックスの屋敷は、不気味な城郭風の建物だった。門は開いているが人気はない。暗い地下牢のようなホールから、塔へ登る階段を上がっていくと、鉄格子のついたドアがあった。中に十名ほどの乙女が閉じ込められている。
「私たちはドラゴンのいけにえとして捧げられ、ミスター・フォックスに捕まったのです」
「ミスター・フォックスは詩人になりたがっていて、悲劇仕立てのひどい芝居を私たちに演じさせるのです」
「でもこのごろは前ほどはやらせなくなったわ」
 乙女たちが口々に話していると、城に人が入ってくる気配がした。エリナはあわてて城の外へ逃げ、そのまま帰ろうとした。だがポリーを探すためにはやはりミスター・フォックスの助けが必要だ。そう思ったエリナは、もう一度ミスター・フォックスの城に取って返した。城は先ほどとは打って変わった明るい様子で、使用人がエリナを案内して中に入れてくれた。やがて黒い乗馬用ブーツをはいた背の高い男性、ミスター・フォックスが現れた。その洗練された物腰、端正な顔立ちに魅せられたエリナは、さきほど見た乙女の牢は夢ではなかったかと思いはじめた。だがエリナがそのことを口にすると、ミスター・フォックスの態度は一変し、けものの顔をしたばけものの召使いを呼んで、エリナを捕まえるよう命じた。ばけものとエリナの追いかけっこを尻目に、ミスター・フォックスは城を出てどこかへ去って行った。

 それからしばらくして、ジャックとドラゴン、フォレスト・インの元ゴロツキたちがミスター・フォックスの城に到着した。ドラゴンはミスター・フォックス退治のため、カスタベリーの町から呼びよせられたのだ。ジャックたちが城に押し入ると、エリナがばけものに追いかけられている最中だった。ジャックたちはエリナを助け、塔に閉じ込められていた乙女を助け、ミスター・フォックスの宝箱から乙女たちの持ってきた金を回収した。宝箱の中にはまだいくらかの財宝と、保険証券、株券などが残っていた。それをどうしようかとジャックたちが話し合っていると、乙女の一人がこう言った。
「ミスター・フォックスは、私たちがこの城から出ていけないことに全財産を賭けると言いました。私たちは城を出ていくのですから、彼は賭けに負け全財産を失うことになります」
 こうしてジャックたちはミスター・フォックスの全財産を持ち去ることにした。そのとき、城が火事になっていることにみんな気づいた。ドラゴンの吹いた火が原因だった。ジャックたちは大急ぎで城を立ち去った。

 ミスター・フォックスは城を去ったあとポリーを探そうとしたが、その前にフォレスト・インへ行って自分を裏切った主人やゴロツキたちにお灸をすえてやろうと思った。フォレスト・インに着き、主人のペニーロイヤルを詰問していると、先ほどまでミスター・フォックスの城にいた元ゴロツキたちがやってきて、城が火事になっていると告げた。ミスター・フォックスは落ちついて「では保険屋に知らせて保険金をおろしてもらおう」と言った。
すると元ゴロツキで保険屋のフレッドが言った。
「この火事はドラゴンの吹いた火が原因のようです。残念ですが、ドラゴンによる火災は細則で保険の対象外になっています」
「宝箱に入ってた宝石や金は大丈夫だな」とミスター・フォックスが言った。
「あの宝石類には所有権を主張する複数の人間がおりまして、それがはっきりするまで没収となります」弁護士のジョセフが言った。
「なんだと! おれはこれからロンドンへ行って……」
「ロンドンのお屋敷はもう人に貸し出されています」不動産屋のジョンが言った。
「賭け元への借金を払うため、すべての株券も売り払われました」株の仲買人のジェームズが言った。
「あなたは乙女たちが城から出られないことに全財産を賭けたでしょう」ギャンブルの胴元のアーサーが言った。
 ミスター・フォックスは歯軋りしてくやしがり、こう捨てゼリフを吐いて出ていった。
「おまえたちにこんなことが考えられるわけがない。ジャックの仕業だな。どうするか見ておれ!」

 ポリーの乗った馬車はロンドンに着いた。老婆はポリーをバーモンジー婦人に託して去っていった。婦人はポリーが来るのを待っていたように、彼女を皇室に紹介するためのしたくを始めた。バーモンジー婦人の世話ですばらしい衣装に着替えたポリーは、皇太子妃のお出ましになるパーティに出席し、やがて女王にお目通りがかなった。
 女王主催のお茶の会でバーモンジー婦人との関係を聞かれたポリーは、母親の決めた結婚相手がいやで逃げてきたことを告白した。女王はポリーの無分別を叱ったが、年の離れた公爵と結婚させられることを哀れに思った。そこで母親に居場所を知らせる手紙を書くことを条件に、公爵との結婚を解消する手助けをしてあげましょうとポリーに約束した。その夜、ポリーは複雑な心境でエリナに手紙を書いた。カストリアム公との結婚は解消できても、他の人と結婚させられてしまう……。

 そのころ、ポリーの母エリナは、ジャックたち一行とともにロンドンの町に着いたところだった。一行の顔ぶれは、フォレスト・インの主人のペニーロイヤル夫妻、その常連の元ゴロツキ五人、ミスター・フォックスの財産について裁判所で証言するためついてきた乙女たちだった。ジャックは皇太子に会うため宮廷に赴いた。
 皇太子はジャックが持参した推薦状を見ていたく感心し、王の秘書に取りたてるとともに適当な結婚相手を見つけてやると約束した。それを聞いたジャックは大きなショックを受けた。まさか皇族に紹介された結婚話を断るわけにはいかない。ポリーとの結婚は絶望か……。だが少なくともこれでエリナとの婚約は解消できる。ジャックはエリナにこのことを話に行ったが、エリナはジャックの話を聞く前に興奮した面持ちでこう言った。
「ポリーが見つかったわ。ロンドンでバーモンジー婦人の世話になってたの。女王様にも謁見して、カストリアム公よりふさわしい結婚相手を見つけてあげると言われたそうよ!」
 こうしてジャックとポリーがそれぞれ皇室の仲立ちで結婚相手を紹介してもらう日がやってきた。悲しみに沈みながら女王のお茶の席にやってきた二人は、お互いを見てびっくりする。ポリーのつきそいに来たエリナに女王がこう言った。
「あなたの娘さんにとって、カストリアム公よりお似合いの若い男性がここにいます。公爵ではありませんが、王の秘書になる将来有望な男性です」
 ジャックとポリーはもちろん、エリナも文句を言えるはずはなかった。皇太子妃がジャックとポリーの結婚を祝う仮面舞踏会を開こうと提案した。

 カストリアム公はジャックとポリーが結婚することになったことを知らせる手紙を受け取り、怒りにかられてロンドンまでやってきた。ポリーを奪ったジャックをどうしてくれようと考えながらロンドンの町を歩いていると、あの黒マントの老婆とバッタリ出会い、なにごとかひそかに話し合った。ジャックと一緒にロンドンに来ていた元ゴロツキがたまたまそれを見かけ、カストリアム公が何か企んでいるのではないかと怪しんだ。元ゴロツキたちは警戒のため、ポリーのいるバーモンジー家を見張ることにした。
 仮面舞踏会の当日の朝、年老いた物売り女がバーモンジー家の玄関口に現れ、家の中に招きいれられると、小一時間ほどして出てきた。ポリーの家を見張っていた元ゴロツキは、その老婆にわざとぶつかってカゴの中の二通の手紙を抜き取った。二通のうちの一通は、王がジャックとポリーの結婚を中止しようとしているとほのめかし、仮面舞踏会の最中にポリーを連れて逃げるようジャックにそそのかす内容だった。もう一通は、仮面舞踏会の最中にジャックと駆け落ちするようエリナにそそのかす内容だった。つまり、この手紙がそのまま届けられると、ジャックは仮面舞踏会の最中にポリーと間違えてエリナを連れて逃げ出すことになる。そうなればジャックとエリナは途中でつかまって、本当に結婚させられてしまう。このからくりに気づいた元ゴロツキたちは、そのシナリオを変更するため、手紙の宛先を書き換えた。

 皇太子妃の主催する仮面舞踏会が始まった。ポリーとジャックは舞踏会を楽しんでいたが、エリナとカストリア公はそわそわと落ちつきがない。エリナはポリーの幸せそうな顔を見てジャックとの駆け落ちを中止しようかと思った。でもポリーはまだ若いから、
いくらでもやり直せる。エリナはそう思い直した。やがてカストリアム公は仮面をつけたままホールの外に出た。そこへ仮面をつけた女性がやってきて、二人は手に手をとって用意してあった馬まで走った。カストリアム公が女性を馬に乗せようと抱き上げたところ、いやに太っていて重い。ポリーはこんな体型だったっけ……。そのとき二人は相手の正体に気づいた。
「エリナ!」
「カストリアム公!」
 二人は相手が何をしようとしていたかに気づき、いい年をして若い者と一緒に逃げようとするなんて、と責め合った。二人の声を聞きつけて、ホールからぞくぞくと人が出てくる。ポリーとジャック、皇族たちも姿を現した。そのとき人ごみの中から黒マントの老婆が出てきて、カストリアム公に何か耳打ちした。それを聞いたカストリアム公は剣を抜き、「全部おまえのしわざだな!」と言ってジャックに襲いかかった。だがその剣がジャックの体を切り裂こうとしたとき、黒マントの老婆がカストリアム公の前に立ちはだかった。その老婆はカストリアム公に耳打ちした老婆に似ていたが、もっと小さかった。そしてカストリアム公の後方にいた背の高い方の老婆を指差して言った。
「すべての悪の源、あのペテン師をつかまえよ!」
 背の高い老婆は、近くにいたドラゴンにつかまった。
 あっけにとられて事態を見守っていた王が、ここで裁定を始めた。
「さて、カストリアム公、そなたはここで何をしようとしておったのだ?」
「私には妻が必要だったので……」
 カストリアム公がそう言うと、女王がこう続けた。
「もちろん、あなたには妻が必要です。そしてエリナはポリーよりもずっと公爵夫人にふさわしい」
 これに対し、カストリアム公は言った。
「エリナではだめです。私は息子が欲しい……」
 そこで小さい方の老婆が言った。
「息子ならおりますよ。ジャック、あなたの持っているルビーの指輪をお見せなさい」
 ジャックの取り出した指輪を見て、カストリアム公は驚いた。
「これは『カストリアムの奇跡』だ。昔いなくなった赤ん坊の首につけてあったもの。どうしておまえがこれを……」
 それにはフォレスト・インの主人、ペニーロイヤル夫妻が歩み出て説明した。それによると、ペニーロイヤル夫人は結婚前カストリアム家の赤ん坊の乳母をしていたが、あるとき黒いマントをかぶった老婆にそそのかされて、自分の父母に赤ん坊を預けた。赤ん坊が誘拐されたと噂がたったので、恐くなってみんなで海辺の村に逃げた。後にペニーロイヤルと結婚してフォレスト・インにやってきたが、そこへミスター・フォックスがやってきて、赤ん坊のことをネタに脅迫してきたという。
「これでわかったでしょう。一連の出来事はすべてミスター・フォックスの仕組んだこと。私はそれに対してジャックを守る妖精です」
 小さい方の老婆がそう言ってマントを脱ぎ顔をぬぐうと若い女になった。ドラゴンにつかまっていた方の老婆もマントを脱ぎ顔をぬぐい、ミスター・フォックスになった。
 王はジャックとポリー、カストリアム公とエリナの結婚を改めて指示したあと、ミスター・フォックスの処分について思案した。すると妖精が進み出てこう申し出た。
「それについては私にお任せください。きっと皆様の満足いく処分をしてみせます」

第20章
 舞踏会はお開きとなり、妖精とミスター・フォックスがその場に残った。
「あなたの幼稚なファンタジーを本当の人間に演じさせるとはどういうこと?!」
妖精が詰め寄ると、ミスター・フォックスは心外だという表情をした。
「おまえなどに本当の芸術がわかってたまるものか」
「芸術?あれのどこが芸術なの?物語はハッピーエンドで終わらなきゃいけないのよ。あなたの話は最初から最後まで支離滅裂よ!」
「ハッピーエンドなんてクソくらえ!おれはやつらのくだらない人生を、悲劇という芸術の極みに高めてやろうとしたのに、おまえのおかげで台無しだ。もしカストリアム公がポリーと結婚してジャックが自分の子と知ったら……」
「それは『パイドラー』でしょ!」
「ジャックがカストリアム公を父親と知らず殺したら……」
「それは『オイディプス』! いいかげん芸術はあきらめなさい。あなたにはムリなのよ!」
 妖精にきつく言われてミスター・フォックスはしゅんとなった。
「財産を奪ったうえに、おれの夢まで取り上げようというんだな?」
 妖精は相手がちょっと気の毒になってこう言った。
「財産は元の持ち主に返しただけよ。食べていくくらいのお金は残っているわ」
「ああ、そうだね。きみはやるべきことをやっただけだ。いや、気にしないでくれ。おれはもうきみには迷惑かけない。ひとりでなんとかやってくさ。ただ、おれたちってどうしてこうなんだろう?もっとふたりで……。いや、もういい。じゃあさよなら」
 ミスター・フォックスは沈痛な面持ちで去っていく。
「待って。どういうこと?はっきり言ってよ!」
 妖精は言ったがミスター・フォックスは振り返らない。妖精は覚悟を決めてミスター・フォックスのあとを追った。彼の肩に手をかける。と、ミスター・フォックスは振り返ってゆっくりと顔をほころばせた。
「これは、これは!」
 ミスター・フォックスは妖精の腰に手をかけ、さっと引き寄せた。妖精は逃げようとしなかった。

エピローグ
 長年にわたる不和を解消したお祝いに、妖精とミスター・フォックスは週末旅行へ出かけた。金曜日には船を見て、コンサートへ出かけ、土曜日には舞踏会に出席して楽しい時を過ごした。日曜日、二人はなぜかポーカー・ダイスを始め、ついには一晩中サイコロを振って過ごした。そして月曜の朝が明けるころには、ミスター・フォックスは失った財産のほとんどを取り戻し、二人の間は元の通りの険悪な仲に逆戻りした。

【感想】
 古典悲劇を愛してやまない魔性の紳士と、ハッピーエンドをよしとする親切な妖精。互いに反目しあう二人が孤児の若者と裕福な娘の恋に干渉するさまを描いた本書は、劇中劇のような作りといい、意表をつく展開といい、非常に凝った趣向の作品。最初の方に出てきた手がかりが後の話の展開や謎解きによく呼応していて、プロットもよく練られていると。特に、プロローグとエピローグ、第1章と第20章が対になった構成がいい。また、こみいったストーリーのわりに話がテンポよくトントンと進み、もたついたところがないのもよい。つぎつぎと起こるどんでん返しに驚いているうちに、気がついたらもう最後の謎解きの場面という感じで読み進むことができた。
 ミスター・フォックスは悪さばかりするけれどちょっと抜けていて、ハンサムだし憎めないキャラクターだ。彼のいたずらを戒め反目する妖精は、実はその憎めないキャラクターに惹かれている。

 copyright © 2003 Mizuhito Kanehara

 last updated 2003/12/25