管理者:金原瑞人

THE LAMENTS 要約

【登場人物】

ハワード・ラメント:イギリス系(アイルランド系?)南アフリカ人のエンジニア
ジュリア:ハワードの妻
ウィル:ラメント夫妻の長男
ジュリアスとマーカス:ラメント夫妻の双子の息子
ローズ:ジュリアの母

【あらすじ】

 1958年、南アフリカ(あるいジンバブエ?)の白人専用病院で、二人の男の赤ちゃんが生まれた。一人はハワード・ラメントの妻ジュリアの子、もう一人はメアリー・ボイドの子だ。ラメント夫妻の子は健康だったが、メアリーの子は未熟児で保育器に入れられ、生死の境をさまよっていた。メアリーはラメント夫妻の子に授乳させてもらったのをきっかけに、我が子よりラメント夫妻の子に愛着を持つようになり、ある日、ラメント夫妻の子を連れて病院から逃げ出した。ところが逃げる途中で交通事故に遭い、メアリーとラメント夫妻の子は死亡した。悲しみにくれるラメント夫妻は主治医の勧めに従い、残されたメアリーの子を我が子として育てることにした。主治医のはからいにより、メアリーの子は書類上もラメント夫妻の実子とされ、赤ん坊交換の事実を知るのは、夫妻と主治医と看護師長だけだった。
 メアリーの子は実の親の死のあと順調な成長をとげ、生きる意志をまわりにみせつけたため、ラメント夫妻によってウィルと名づけられた。ウィルはジュリアとハワードの両方の姿がみえないと激しく泣いてまわりを困らせた。まるで、最初の親が亡くなったのを知っていて、二番目の親はどうあっても失いたくないと思っているかのようだった。

 ハワード・ラメントは液体の搬出に使うパイプのバルブを扱うエンジニアで、ウィルが一歳になったころダッチ・オイルに就職し、一家は中東のバーレーンに引っ越した。妻のジュリアは人種差別に反対するリベラルな考えの持ち主だったが、バーレーンの白人駐在員社会は人種的偏見に凝り固まっていて、ジュリアは疎外感を感じた。
 あるときジュリアは自分と同じように他の奥様連中から浮いている美しいアメリカ人女性トリクシーと知り合い、仲良くなった。トリクシーにはウィルと同じ年頃のウェインという子がおり、ウィルと同じく養子だった。トリクシーはその事実を、まだ幼い本人に教えているといってジュリアを驚かせた。
 しばらくしてトリクシーはハンサムなアラブ人男性と浮気をしていたことが発覚した。別れ話がこじれて逆上した相手の男性は、道を歩いていたダッチオイルの駐在員の妻たちのグループに車で突っ込み、多くの怪我人が出た。問題のアラブ人男性は以前ジュリアにも秋波を送っていて、そのことを知ったハワードはバーレーンを離れることを決意し、北ローデシアのアルボにある銅山採掘会社に転職した。

 アルボでラメント一家は大きな家と黒人の使用人をあてがわれた。裕福で安楽な暮らしだったが、人種差別主義者の隣人と意見が対立し、不愉快な思いをすることもあった。やがてジュリアは双子を妊娠、出産してその世話に追われるようになった。ウィルは母を双子に取られて寂しい思いをしたが、両親を喜ばせるため、双子の面倒をみるという長男の役目を進んで引き受けた。ウィルの顔・形は、成長するつれ、ジュリアにもハワードにも似ていないことがはっきりしてきた。しかし、当のウィルは自分と両親のちがいより、黒人の黒い肌に興味を抱き、コックの娘でひとつ年上のルスという女の子に夢中になった。
 そんななか、南アフリカでは社会情勢がますます不穏になってきた。ラメント家の隣人、バック・クウィンは、黒人の反乱に備えて猛犬と猟銃で自衛していた。ハワードとジュリアは内乱の危機が迫っていると感じ、子供たちを誤った大義のために戦わせてはならないと思って、アフリカを去る決意をした。行き先は一家のルーツ、すべての植民地国家の文化の源、リベラルな思想がいきわたっているはずのイギリス本土だった。

 イギリスに着いたラメント一家は、あこがれの地でコロニアル(植民地の人間)の悲哀を味わうことになった。ハワードはパン・ユーロッパという石油会社に職を得たが、仕事上の地位も待遇も、アルボにいたころと比べ、格段に低くなった。バルブのスペシャリストであり、砂漠の灌漑や人工心臓など様々なアイデアを持つことを自負していたハワードは不満を抱き、鬱憤をジュリアにぶつけた。そのため夫婦はたびたびけんかをするようになった。
 小学校に入ったウィルは南アフリカ出身であることを同級生にからかわれ、いじめられたが、そのうち友達もでき、サリーという女の子と仲良くなった。やがてウィルは十一歳になり、中等教育選別試験を受けた。成績は悪くなかったウィルだが、高等教育機関に進む者とそうでない者を峻別するその試験に受からなかった。ハワードはその原因を、自分たちがイギリス人じゃないからだと断定し、イギリスを出ていくことを決意した。行き先は「イギリスのように保守的じゃなく、アイデアのある人間を優遇してくれる国」アメリカだった。ジュリアはイギリスで仕事をしようとしていた矢先だったので引っ越ししたくなかったが、仕事に恵まれない夫や高等教育の機会を奪われた子供のことを考えると、イギリスを出ていくしかないと思った。
 ウィルは大好きなサリーと別れるのがいやで、イギリスを離れたくなかった。「引っ越しばかりいやだ」とごねるウィルを、ジュリアはこういってなだめた。「でもあなたはラメント家の人間でしょ。ラメントの家系は、イギリスからアイルランド、アイルランドから南アフリカと代々移動を繰り返してきたのよ。ラメント家の人間は旅をするものなの」

 ハワードの新しい会社の経営者は、チャップマン・フェイという天才的な科学者だった。ハワードは彼のもとで人工心臓や砂漠の灌漑施設などの夢を実現させようと期待に胸を膨らませて出社した。ところがチャップマン・フェイは長期のヨット・クルーズに出かけて不在で、ハワードはなにもすることができなかった。
 一家の新しい家は、ニュージャージー州のユニバーシティ・ヒルという白人居住区にあった。あるとき一家は近所のフィンチ家のバーベキューパーティーに招かれた。パーティーには、ふだんめったに顔をみかけないラメント家の隣人、ドイツ人のヒンメル一家もきていた。ヒンメル家にはマリーナとアストリッドというウィルと同年代の娘がいて、なかでも美しいアストリッドは人々の注目を集めた。しかしウィルはあまり美しくないマリーナのほうに好意を抱き、アストリッドの取り巻きの輪から離れてマリーナと話しこんだ。そのとき、双子の弟の一人マーカスが、アストリッドの気をひくためにブランコから危険なジャンプをした。運が悪いことに、着地した場所に鋭いバーベキューナイフがあり、マーカスはそれで右手を切り落としてしまった。
 マーカスの右手切断で、ラメント家は深く傷ついた。ウィルは肝心なときに弟たちを見守っていなかった自分を責めた。ハワードは悲しみを内に秘めたが、ジュリアはそんなハワードの冷静さが理解できず、夫婦の溝は深まっていった。そんなときジュリアは女性問題を話し合う「木曜日の女性の会」というグループに出会い、その会に足繁く通うようになった。
 ヨット・クルーズに出て長らく行方不明だったチャップマン・フェイが遭難死していたことが明らかになった。ハワードは会社を辞めざるを得なくなり、ジュリアにせきたてられて次の就職先を探し始めたが、なかなか気に入った勤め先をみつけられない。ジュリアも木曜日の会の友人に勧められて不動産取引業の資格を取り、就職活動を始めた。
 チャップマン・フェイの会社からもらった退職金が底をつきかけたとき、ハワードは新天地オーストラリアへの移住を考えるようになった。しかしジュリアは不動産会社への就職が決まり、オーストラリア行きには絶対反対だった。オーストラリアで就職のあてがなかったハワードは、ジュリアの意見に従わざるをえなかった。しかしジュリアの給料では現在の家の家賃は払えないので、一家はジュリアの通勤に便利でもっと安い家に引っ越すことになった。

 ラメント家は移動を繰り返すたびに傷つき、なにかを失っていった。バーレーンでジュリアとハワードは、夫婦の絆のもろさを実感した。アルボで一家は人種差別の洗礼を受けた。イギリスでハワードはエンジニアの誇りを傷つけられた。アメリカでマーカスは右手を失った。そしてウィルは引っ越しのたびに大好きな女の子との別れを経験した。それでもラメント家の人々は変わらぬ楽観主義で移動を繰り返し、けっして過去を振り返らなかった。過去を振り返れば、喪失の悲しみをふたたび味わうことになると考えていたからだ。しかしそのおかげで、ジュリアとハワードは結婚当初の情熱や幸せまで忘れてしまった。二人の結婚が崩壊を免れなかったのは、おそらくそこにも原因があっただろう。今度の引っ越し先、クイーンズタウンで、一家はすべてを失うことになる。

 クイーンズタウンでのラメント家の住まいは革命前に建てられた古い家だった。ジュリアは不動産会社で働きはじめ、ハワードは毎日家の修理をして過ごした。しかしハワードの素人工事で家はますますひどい状態になり、玄関ポーチの屋根が落ちて市の建設局から高い罰金を課せられた。不景気のせいもあってジュリアはなかなか家が売れず、ラメント家の経済状態はどんどん悪化していった。それでもハワードは職に就こうとせず、ヘタな大工仕事をするか、夜に町をうろついて粗大ゴミを拾ってくるだけだった。ジュリアが文句をいうと、ハワードは「オーストラリアにいけばすべて解決する」と繰り返した。ハワードはジュリアがオーストラリア行きを拒否したことを裏切りのように感じ、一家がとことん貧窮すれば、彼女も移住に同意するのではないかと期待していた。
 やがてジュリアの仕事はなんとか軌道に乗りはじめ、経済的な危機は脱したが、おかげでハワードはますます無気力になった。お金があっても、プロの修理屋を呼んだり新しい機器を買うことをハワードが拒否したので、家はひどい状態のままだった。
 ウィルが高校の最上級生になったとき、ジュリアの木曜の会の友人フリーダが、夫の暴力から逃れるため、ラメント家に居候することになった。フリーダにはミンナというウィルと同い年の娘がいた。そのころウィルは同級生のドーンという女の子に失恋し、その痛みを慰めてくれたミンナに心惹かれていった。
 フリーダ母子が家にきたのを機に、ハワードは新しいコンロと冷蔵庫を買い、シャワーを修理してもらうことに同意した。おかげで家は住みやすくなったが、ハワードとジュリアの仲はますます冷え切っていった。ある夜、食事の席で二人が口論になったとき、双子のマーカスとジュリアスがジュリアの肩を持ったため、ハワードはひどいショックを受け、自殺まで考えるようになった。

 ジュリアの母ローズが、十五年ぶりに娘夫婦と孫たちに会いにきた。ローズはいままで結婚と離婚を繰り返し、ジュリアの父ともジュリアが寄宿学校にいるあいだに黙って離婚した。その後ジュリアの父が自殺したときも、ローズはジュリアになにも知らせなかったため、ジュリアはローズを恨み、十五年間、手紙ひとつ出さなかった。二人をかろうじて結びつけていたのは、ウィルが折りにつけローズに書き送っていた手紙だった。
 アメリカにやってきたローズは、誇りを失って働かなくなったハワードと、アメリカ式の拝金主義に染まったジュリアと、そんなふたりの仲をなんとか取り繕おうと努力しているウィルをみた。つい最近、ウィルの出生の秘密を偶然知ったところだったローズはウィルに同情し、ジュリアにこういった。「あの子は家族をひとつにまとめることに責任を感じすぎて、自分の人生について考えられないでいる。かわいそうに、あの子は自分が本当はだれかさえ知らないでいるのよ」

 運命の12月23日の夜は、大雪が降っていた。ジュリアとフリーダは木曜日の女性の会へいき、ウィルはミンナといっしょにクリスマスコンサートに出かけた。ハワードは双子にそりすべりをさせるため、近くのゴルフ場まで車で二人を送っていった。家から七、八キロ離れたゴルフ場で双子を降ろすと、一時間後に迎えにくるといってハワードは町に戻った。雪と寒さのため、道路コンディションは最悪だった。暗い道を走るうちにハワードはしだいに憂うつになってきて家に帰る気がしなくなり、道路沿いのバーに寄って一杯やることにした。
 そのバーでハワードは医療機器販売会社に勤めるビルという男性と隣り合わせた。ハワードが以前にチャップマン・フェイの会社で人工心臓の開発に取り組んでいたことを話すと、ビルはすばらしいアイデアだと絶賛してくれた。ハワードは日頃の鬱憤が晴れ、希望が湧いてくるのを感じた。しかし、しばらくふたりで話し込んでいるうちに、ビルは、じつは自分も医療機器販売会社をクビになったところだと打ち明けた。ハワードはふたたび絶望に陥り、バーをあとにして車に乗り込んだ。
 ジュリアスとマーカスの双子は、だれもいないゴルフ場でそりすべりを楽しんでいたが、やがてお腹が空き、寒さも厳しくなってきた。約束の時間を過ぎてもハワードがいっこうに迎えにこないため、二人は雪道を歩いて帰ることにした。しかし、雪にはばまれて容易に家にたどり着くことができない。車が通ればヒッチハイクしようと思っていたところへ車のヘッドライトがみえてきた。運転していたのはウィルの友人で人種差別主義者のカルヴィンだった。バイト先でくすねてきたエチルアルコールで酩酊状態のカルヴィンは、近づいてきた二つの人影を黒人の同級生ロイと思い込み、車ではねた。
 同じころ、コンサートに出かけたウィルとミンナは、コンサート会場を途中で抜け出し、人気のないバスの待合所のベンチの上でミンナと結ばれた。いままで自分の居場所を常に探し続けてきたウィルは、四つの国を渡り歩いた末に、ミンナの腕のなかでついにそれをみつけたように感じた。もう決してきみを放さない。ウィルはミンナにそう誓った。
 
 双子は車にはねられて亡くなり、ハワードも事故で意識不明の重態に陥った。一家を襲ったこの不幸に際して、ひとり奮闘したのはジュリアの母ローズだった。食欲のないみんなに無理にでも食事をさせ、だれよりも早く起きて家事をこなし、ハワードの意識を回復させようと枕元で何時間も語りかけた。
 双子がいなくなってウィルは母ジュリアの期待が自分の肩に重くのしかかっているのを感じた。いままでのウィルならそれを受けとめ、母を支える責任を感じていたはずだが、クリスマスコンサートの夜にミンナと結ばれてから、彼には新しい願望が芽生えていた。高校卒業が迫ったある日、ウィルはミンナとともにパリにいくとジュリアに告げた。ミンナは以前からパリでカフェを開いて芸術家の卵たちのパトロンになりたいという夢を抱いており、ふたりでそれを実現したいというのだ。たった一人残った息子を手放したくないジュリアは当然反対した。「パパがあんな状態だというのに、わたしたちを置いて、なぜいまパリにいかなければならないの?」
 ジュリアにそう問いつめられ、ウィルは答えを探した。その答えはジュリアの顔をみているうちに自然に思い浮かんだ。単純だが反論しようのない理由。ウィルが子供のころから呪文のように聞かされてきた家族の掟。
「だってママ、ぼくはラメント家の人間だよ。ラメント家の人間は旅をするんだ」

 ウィルとミンナがパリに出発する日、ジュリアとフリーダは二人を見送りにいった。飛行機が飛びたったあと、フリーダはこういった。「ミンナがパリにいきたがった理由は父親がフランス人だと信じていたからよ。でもミンナの父親は、じつはアメリカ人なの」
 ジュリアもウィルに出生の秘密を明かさなかったことを思い、はたしてそれはウィルにとってよかったのかどうか自問するのだった。

【感想】

 物語の冒頭で赤ん坊交換事件があったあと、中東のバーレーンと北ローデシアでの家族の逸話が延々と続く。そのなかには、主人公のウィル少年が、好きな女の子にそそのかされて中国に通じる穴を掘ろうと奮闘する話など、おもしろいエピソードもあるが、物語の方向性がなかなかつかめず、このあたりは多少まだるっこしい。しかし、一家がイギリスへいくあたりから、放浪するラメント一家とそのなかで自分の居場所を探し求めるウィル少年という物語の軸がはっきりしはじめる。
 舞台がアメリカに移った物語の後半、一家は思わぬ不幸に次々と見舞われていく。誇りを失ってどんどんダメ人間になっていくハワードと仕事を持って社会に出ていくジュリアの夫婦仲はどんどん冷めていき、さらに、双子の怪我と死という救いようのない悲劇が起こる。作り話めいた暖かさの感じられる冒頭の事件からは想像もつかないシビアな展開で、それがある意味でおもしろい。ウィルが自分の意志で新しい世界に旅立っていくラストも、希望はもてるがけっしてハッピーエンドではない。
 現実の厳しさと不条理がひしひしと迫ってくる家族の物語といった感じだろうか。

 copyright © 2003-2004 Mizuhito Kanehara

 last updated 2004/3/8