管理者:金原瑞人

Garbage Creek
AND OTHER STORIES(1997)
by W.D.Valgardson

◎チキン・レディ(24〜30枚)
「パパ、本当に農場を手放してしまうの?」
「沼と岩ばかりだからな。あっても仕方がない」父はいう。
 両親の農場はエリンが一番好きな場所だった。キャノーラの木、亜麻の畑、青い湖。だがこれから私にどんどんお金がかかる。エリンは自分でお金が稼げない。エリンは父が大好きだが、無口で恐い存在でもあった。母は、パパは口べたでぶっきらぼうだけど、とてもいい人なのよ、というが。何度頼んでも答えは同じだった。
学校の作文の時間、エリンはひとついいことをおぼえた。
「言葉ではなく、行動で道が開けることがある」
 土曜日、エリンは「何の取り柄もない」40エーカーの土地に向かった。足の不自由なエリンにはそこが自分自身のように思えた。父の好きなクランベリーのジャムを作ろうと思ったが、今は時期ではない。エリンはサクラの実を摘み帰り、自分ひとりでジャムを作った。母はエリンの仕事ぶりに感心した。「だっていつもお手伝いしてるじゃない」午後にまた出かけると、二匹のシカが顔を出した。ここにはエリンの大事な仲間がいる。
「それよりエリン、ニワトリが逃げたの。捕まえてきて」ママが大声でいった。
 エリンはニワトリが嫌いだった。いつも学校に卵を持たされて、売ってこなければならなかった。チキン・レディとあだ名され、散々な目にあってから卵売りはやめてしまった。
数日がたち、市役所が土地の下調べに来ることになった。そんな! エリンは農場の自分の居場所に坐った。チキン・レディとあだ名され、スケートもできず一人ぼっち。小川にはコイやマスがいて、春にはきれいな花が咲くここだけがエリンの場所だった。
 この土地を売れば2500ドル入るという。
 エリンはサクラの実のジャムを並べ、動物の写真を貼ると、貯金箱の24ドル35セントを食器棚の上におき、「これから卵売りをまたやります」とメモを残した。
遠くから車でやってきた男性二人と父は話をしていた。うなずいているかと思ったらしきりに首を横にふるばかりで、やがて二人は帰っていった。両親は畑仕事に出かけた。キッチンからサクラの実のジャムが、食器棚においたお金が消えていた。
 父の筆跡で「40エーカーの土地を2500ドルでエリンに売却する。ただし利子はなし」とメモが記されてあった。
 エリンはすぐ外に出てニワトリの世話をしたくなった。もうすぐたくさん卵を産む頃だ。

◎サイバースペース・サム(12〜15枚)
サムは四六時中パソコンに向かっていた。それはためになることの範疇を超えている、と家族は考えた。兄姉たちが買い物に出かけたり、友達と外で遊ぶ休日も、サムはコンピューターの世界へ行った。サムとは会話が必要だ、と父は考えた。姉も心配している。
「男と女の違いがわかる?」姉がたずねる。
「女はX染色体のみで、男はXとY染色体から形成されてるんだろ」というのがサムの答だ。
 このままではサムはアンドロイドになってしまう。サムは仮想現実の中に生きていると問題視した父は、現実世界をみせようとキャンプに行く計画をたてた。
小川で魚を釣り、野生の動物たちとも触れ合った。
「これが現実の世界なんだぞ」
「人間社会で生きていくんだもの。マナーも大切よ」
 そういわれてサムは答えた。「ネットの世界にだってマナーも触れ合いもあるもん」
みんなで渓流下りをしていたとき、父のカヌーが流され、深い穴にはまった。三人で引っ張り上げようとしたが、流れが早く、父はどんどん水底に沈んでいく。助けを呼ぶにも人影はない。そのときサムが「S×R=X」と叫んで斧を手にすると、くぼみの岩を割った。カヌーは無事に穴から抜け出せた。父は足を軽く怪我した程度ですんだ。
「水圧の強さはは表面積で決まるんだ。水は止められないからね、表面積を圧縮したんだよ。物理のサイトで知ったんだけど」サムはいった。
 父の傷が癒えるのに時間がかかるから今夜はその森に泊まることになった。
「もしパソコンがあったら、すぐここから抜け出せるのに」サムはいった。

◎秘 密(21〜26枚)
「なにか聞こえるわ」姉のマリアンヌがいった。
「なにも聞こえないよ」ジョニーはいった。
 二人は湖のほとりでザイフリボクの実を摘んでいた。これを母が町で売ってくれるお金でジョニーはスケート靴を買うつもりだった。冒険好きなマリアンヌはどんどん森深くに入っていき、穴に落ちて足を怪我し動けないでいるオオカミの子をみつけた。ジョニーは父に話してライフルで殺してもらおう、といった。
「だめよ、まだ子供じゃない。だれにもいっちゃだめよ」マリアンヌはオオカミの子の面倒をみるといった。
 オオカミは凶暴だとジョニーがいくらいってもきかない。
翌日から二人は漁師の父が残した魚の内臓や頭を持って穴に出かけ、オオカミに餌をやった。いつのまにかグンナルと名前までつけて。ジョニーはその異臭に我慢ができなかったが、しぶしぶ姉に従った。ジョニーはオオカミの毛皮を売ったらお金になると考えた。
「だめよ。オオカミにだって感情はあるわ。私たちと同じよ」マリアンヌがいった。
 毛皮のバイヤーが家にやってきたとき、今年の毛皮は高く売れるといっていた。ジョニーは貯金箱をひっくり返した。オオカミの世話に忙しく、実を摘むことができずにいた。スケート靴が買えない。ジョニーは悲しくなって外に飛び出した。マリアンヌが後を追う。
 やがて穴の中のオオカミは大きくなり、傷も治っていった。野生のオオカミの遠吠えに、穴から駆け上がろうとしたが、滑り落ちてしまう。
「自由になりたいんだ。仲間のところに帰りたいんだよ」ジョニーがいった。
 マリアンヌはオオカミを手放すのを嫌がった。ジョニーはどうしていいかわからず坐り込んだ。オオカミはじっとジョニーをみている。もう殺すことはできない。毛皮も欲しくない。家に帰るとジョニーはいった。
「お姉ちゃんがあいつを飼うのに協力してきた。だから今度はあの子を逃がすために協力してよ」
 二人は穴にはしごをかけた。翌朝まだオオカミはいた。今度ははしごの段に魚の頭をつけて外に導いた。次の朝オオカミの姿はなかった。
「もう会えないのね」
「野生の動物だもん。きっと立派なオオカミになるよ」
 それから二人は雪の上に足跡をみつけるたび、あのオオカミではないかと気になった。片足がわずかに悪いままなので、足跡をみればすぐわかる。
ときどき二人を、遠くから何かがこちらをみている気配を感じる。黒い影が動いたり、金色の目が光ったり。
「あの子は私たちのこと覚えているかしら」
「どうかな。でも、ぼくたちはあいつのことずっと忘れないよ。そうだろ」

◎クォン・リンのベビーシッター(36〜45枚)
「ここは嫌いだ。パパと住んでた家に帰りたい」リチャードは椅子を蹴飛ばした。
 父が出ていってからリチャードたちはイェンさんに部屋を間借りしていた。母はチャイナタウンにパートに出かける。そんなリチャードがイェンさんの姪クォン・リンの世話を頼まれた。リチャードは嫌だった。リンは英語が話せない。その日は市場を回って、母に話して断ってもらおうと思った。だが母は、やってやりなさいといった。
 リチャードはしかたなく引き受けることにした。だけど何を話しても、リンには通じない。「こんな町、だい嫌いだ」といってみても、通じない。そのうえリンは、なんにでも興味を示してあちこちに立ち止まる。リチャードはいらいらしてしょうがない。母に文句をいっても、「中国語を10個覚えなさい」といわれる始末だ。ベビーシッター代は親友への愚痴の電話代に消えた。
翌日リチャードはリンを連れてピーコン・ヒル公園へ行った。中国料理の弁当を広げた。中国語で話し掛けるリチャードにリンは英語で「はい、リチャード」といった。それだけか。こっちはこんなに苦労してるっていうのに。だが話を聞いたイェンさんは大喜びした。本当にリンがそういったのか、と。
 あとで母が説明してくれた。「リンの両親と姉は地震で亡くなって、あの子も瓦礫の下敷きになったの。それ以来何も話さなくなってたのよ」
翌日リチャードはイェンさんがくれた中国凧のキットを屋根の上でリンと共に一日かけて仕上げた。
「ぼくが中国語を話せて、君が英語を話せたらいいのに」リチャードがいった。
次の日イェンさんの車で二人は海岸沿に凧を飛ばしに出かけた。竜の連凧は見事に空に舞った。イェンさんが仕事に戻り、二人でひもを引いた。突風が吹き、竜は海の向こうの中国に飛んでいかんばかりにあおられた。なんとか引き戻し、凧は地面に落下した。興奮しきった二人を迎えにきたイェンさんに、リンは何か中国語で話した。
相変わらずリチャードの英語は通じない。でもこれでいいんだ。何も返ってこなくても話しつづけたことでリンは何かを学んだんだ。リチャードはいつかリンと話ができるように中国語を学ぶことにした。
 屋根の上で空を見上げていたとき、二人はタカの巣をみつけた。翌日から母とイェンさんと四人でタカを眺めるようになった。2匹のヒナがかえった日、リチャードはリンが叔父叔母のいる中国に帰ることを知らされた。ここがリンの家なのに。
 リチャードは、必死に覚えた中国語の「さよなら」もいえないまま、リンを見送った。
 屋根にのぼると母が様子をみにきた。
「タカもあんな崖っぷちに巣を作って大変ね」
「うん、でも大丈夫だよ。ヒナは自分の場所に慣れていくから。大きな家族じゃないけど、みんな自分にあたえられたもので、しっかりがんばってるんだ」

◎さみしくない(16〜20枚)
トムの父は漁師。今年は北部で漁をすることになり、学校のあるトムはトンプソン家に預けられることになってしまった。「この日には戻るから」母はカレンダーに印をつけて約束した。ママたちはぼくなんかいらないんだ。ぼくだってママなんかいらない。
最初の一週間、午後はテレビばかりみて過ごした。居心地はよかった。でも学校帰りにときどき間違えて我が家に帰りそうになった。家は荒れていた。いつも母が庭をはいて、きれいにしていたから。トムはぼんやり我が家の玄関下に坐り込む時間が増えた。母が毎年集めるタチアオイの実を拾って袋に詰め帰った。トンプソンのおばさんはトムがカレンダーに×印をつけているのに気づいた。
「さびしくない?」おばさんの言葉に、トムは「ぜんぜん」と答えた。
ある日曜日、強風が吹き、母が大事にしていた菜園がめちゃめちゃになった。トムは庭からジャガイモを掘り、豆のつるを抜いて持ち帰った。
「さびしいでしょ?」
「ひとりで何でもやることは大人になるのに必要だもの」トムはいった。
次の日曜日トムは家の地下室にマンガ本を持ち込み、寒い中読みふけった。自分でココアもいれた。母の作ったココアのように温かくはなかった。
「来週お母さんたち帰ってくるそうよ」おばさんがいった。
 トムは家に帰り掃除機をかけ、庭をはいた。花を飾り、残りの小遣いで買ったチョコレートを横に置いた。
だが約束の日、両親は帰ってこなかった。海は荒れ、最悪の天候だった。
「約束したもん」一日待った。
 翌日、我が家でずっと待ったが帰ってこない。次の日、船が着いたという知らせで港に飛んでいくと、別の漁師の船だった。湖に氷がはり、沈んだ船もあったという。
「お父さんは慎重な人だから大丈夫よ」おばさんはいった。
 その夜トムは里親に出されることまで覚悟した。午前二時、静かな波の音が聞こえた気がした。階下に降りていくと、両親がお茶をごちそうになっていた。トムは両親と抱き合った。
「遅れてすまなかった」父がいった。
「本当はさみしかったんでしょ?」母がいった。
「うん。でももうさみしくない」

◎クスプルシグルクジャ(17〜22枚弱)
「クスプルシグルクジャ」サムがパソコンでチャットをやっていると、幼い従弟ビリーがいった。
「なんだよ、それ。わからないよ、姉さんに聞いてみろよ」サムがいった。
 姉のキャロルは冷蔵庫の中のものを取り出してみせたが、ビリーは首を横に振る。サムがネットで子供向けのサイトを検索したがわからない。
「クスプルシグルクジャ」ビリーは泣き出した。
サムはビリーを連れて図書館に向かった。司書が子供の本を山と積んで調べてくれたが、わからない。
「クスプルシグルクジャ」医者に行ってみたが、どこも悪くない。
 教授である父ならわかるだろうと大学に行き、山のような本がある隣の研究室で調べてもらった。ギリシャ語かヘブライ語かラテン語か。でもわからない。
 ビリーはじだんだ踏んで泣き出した。
「町に出てみたら? 外国人が多いからわかるわよ」
二人はバスで町に向かった。雑踏の中を歩くうち、踊りを披露していたジプシーの少女が食べているお菓子にビリーは目をとめてしまった。少女アマンダは二つに割ってサムたちにくれた。サムとビリーはそのままステージに上がり、ジプシーダンスを踊った。
「ぼく踊ったことないよ」
「大丈夫よ、さあ私の真似をして」
 ふたりとも演奏が終わる頃にはステップも覚え、ビリーも楽しそうな顔になった。アマンダはいろいろな国の人間に「クスプルシグルクジャ」の意味を尋ねてくれたが、だれもわからない。あきらめて帰ろうとベンチに坐りアイスを食べていると、白ひげにターバン姿の老人が横に座った。
「クスプルシグルクジャか」世界中を旅した老人は、この言葉を知っているといった。「これは外国語ではない。世界中の子供たちが使っている言葉なんだが、大人はみんな忘れてしまうんだ。最近はまだ大人になってない少年も忘れてしまうらしいがな」
サムはくたくたになって家に帰り、パソコンに向かった。あんなに鮮やかに記憶に残る世界があったなんて。アマンダがくれたお菓子の味を思い出す。町を去る前に老人から聞いた、ヘビの捕まえ方の説明を思い出した。「そっと、そっと近づくんだぞ」
眠っているビリーにサムはいった。「ごめんよ、コンピュータで答えをみつけてやれなくて。だけど、おもしろい人にたくさん会えたじゃないか」
 そう、老人はいった。たずねるべきところにたずねれば、答えは必ず返ってくると。探しつづければ、目をこらしていれば、もし答えがみつからなくても、何かおもしろいものがみつかる。そう、それはコンピュータでも同じだ。科学も魔法も、どちらもおもしろい。
 サムは「クスプルシグルクジャ」といってみてが、舌がもつれてうまくいえない。だけど少しはうまくなったようだ。明日もビリーは「クスプルシグルクジャ」というだろう。明日はもっと注意深く耳を傾けてみよう。

◎砂 絵 画 家(40〜50枚)
「私、芸術家になりたいの。筆と紙と絵の具を買って」レインボウがいった。
 父がいなくなってから浜辺の集合住宅に移り住んだレインボウにとって、それは簡単に手に入るものではなかった。
「この世のすべてが芸術の材料でしょ」母はいった。
 そんなとき、ジョーが浜辺にやってきた。彼は廃材で小屋を作り、浜に穴を掘って露天風呂を作った。創造性の塊ともいえるジョーの行動にひかれたレインボウは毎日彼のもとに通うようになった。だがジョーは、変な夢を抱くより会社に勤めて出世したほうがいいという。
「ぼくみたいな馬の骨になっちゃだめだ」ジョーはいった。
 ジョーはすばらしい芸術家だとレインボウは思う。浜辺にはいろんなものが打ち上げられる。だが筆も紙も絵の具もやってこない。ふとみつけた棒で砂浜に絵を描き出したレインボウは、たくさんの棒を集め「これが私の絵の道具よ」と母にいった。
レインボウの描く絵を見物しに、大勢の人間がやってくるようになった。
 ある日、町からやってきたサムという少年がレインボウの絵の作業を手伝い、貝殻で色をつけてくれた。「彼氏?」という母の言葉にレインボウは反発した。「ただの友達よ。私の絵の写真をネット上で公開してくれるっていうの」
 ジョーは家具作りをやめて、レインボウの絵を手伝うようになった。やがて母も加わった。母はジョーが好きらしい。
 レインボウは見物人が置いていったお金で絵の材料を買い揃えようと、町まで出かけた。町にはたくさんの路上芸術家がいた。レインボウは不安になってきた。
「ジョー、私はなんの道具も持っていない。ゴッホのように耳を切りたい気分だわ」
 そんなレインボウにジョーは、物まねをしてどうする、といって浜辺に落ちていたコルクを手渡した。
「材料は常に海が運んでくる、そうだろう、レインボウ」
 そしてジョーは家具を売りに出かけていった。三日たったら戻る、土産にキャンディーを買ってくると約束して。だがジョーは帰ってこなかった。町で事故にあい、介護を必要とする身体となり、身内のもとへ帰っていった。
 レインボウは浜辺にジョーの絵を描いた。
「波がくれば消えてしまうのになぜ描くの」母の言葉にレインボウはいった。「私の心に美術館を作ってるの。私が忘れない限り、作品は残るわ」
雪深い冬が過ぎ、政府は駐車場を作るという名目で、浜辺の住民に立ち退きを命じた。レインボウはなんとしても浜に残りたかった。しかし母は町に新しい家をみつけた。
 久しぶりにレインボウは母と町に買い出しに出かけた。
「ここに住むのも悪くないわ。お前を絵の学校に通わせてやれるし」母がいった。
 海沿いの公園では凧上げをしたり、犬の散歩をさせたりする人でいっぱいだった。路上ではカプリソバンドの演奏と踊りが始まった。レインボウもそれに参加した。そのとき「砂絵の制作は順調?」と聞き覚えのある声がした。サムだった。サムはホームページを開設するので、レインボウに協力を頼んだ。母は、町に住むいい口実ができたと喜んだ。レインボウは泣きながら走り出した。そのとき、車椅子姿のジョーをみつけた。約束の土産のキャンディーを手にして。
「サム、私、手伝うわ。来週からここにママとジョーと三人で越してくるから」レインボウがいった。
大自然の砂からコンピューター画面に、キャンバスは変わった。砂浜はもうレインボウのものではない。つらいことだけれど、ジョーのリハビリに比べたらなんてことない。目の前に海が広がる。必要とするものは必要なときに必ずそこに存在する。

◎ご み 川(16〜22枚)
母は赤ん坊の世話に忙しくジムをかまってくれない。ジムは空缶をけりながら坂道をおりた。そこでアンジーという少女に出会い、なんとなくうまが合い、二人でカウイシャン族の矢じりを探しに入り江までいくことになった。アンジーは五人兄弟の末で、両親も忙しく寂しい思いをしていた。
「だったらぼくの妹をやるよ」ジムは冗談でいった。
「この川にはむかしサケが住んでいたのよ」アンジーがいった。
 こんな汚い川にサケは戻ってくるわけない。でも、とジムは考えた。
「ぼくたちが川を掃除したらサケは帰ってくるかな」
 翌日から二人は川のゴミ拾いを始めた。家からシャベルや熊手を借りてきて、毎日のように捨てられるゴミを拾いつづけた。アンジーの父はカウイシャン族の芸術家だった。サケの生態を調べるために、図書館や博物館に足を運んだ。互いのルーツの話になったときには、カウイシャン族のこと、ジムの両親の故郷ウクライナのことなどを調べにも出かけた。やがて川にゲンゴロウやザリガニの姿がみられるようになった。いくら拾っても人々はゴミを捨てる。きりがなかった。
夏休みが終わり、二人は週末にしか作業ができなくなり、それも毎週とはいかなくなった。ジムは雨が降って川にたくさん水が流れてほしいと、空を見上げた。アンジーは父が作った仮面を持ってきた。雨乞いの踊りをおどれば、川は増水する。そのとき二人はひとつがいのサケをみつけた。サケの夫婦は卵を産み落とすと、力尽き、死んでいった。
「世の中ってうまくいかないわね」
「うん、うまくいかないことばっかりだ」
冬の間、二人は違う学校に通い、会う機会も減った。ある日ジムがアンジーを呼び出した。サケの子が孵る頃だと思ったのだ。会わない間に二人は家庭の中で少しずつ居場所をみつけていた。
「まだ稚魚は砂利に隠れてるわ。四月まで待ちましょ」しばらくして今度はアンジーがジムを呼び出した。「ほら、あそこ」
 二人は夏にみたサケの夫婦の稚魚たちが、汚かった川に泳いでいる姿をみつけた。
「ぼくたち、あの子たちのパパとママだね」
「来年にはおじいちゃんとおばあちゃんよ」
 二人は投げ捨てられていた紙コップを拾った。
「やることはいっぱいあるわね」
 この川をきれいに保ち、海から帰ってきたサケの子たちを迎えるために。
「親の仕事って大変なんだな」恥ずかしそうに笑いながら、ジムは思った。まだ赤ん坊の妹がアンジーみたいになったら、まとわりつかれるのも悪くないなと。

 copyright © 2003-2004 Mizuhito Kanehara

 last updated 2004/3/8