「流 行 通 信」

「今月の言葉」〜近刊からの抜粋
2004年1月〜2004年12月

2002年7月〜2003年12月

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■2004年 [NEW]
1月号 『ロサリオの鋏』『マーティン・ピッグ』『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』『狐笛のかなた』『平和通りと名付けられた街を歩いて』
2月号 『新宿ABC 60年代ジャズ喫茶のヒーローたち』『歌謡曲』『(増補)にほんのうた』『三島由紀夫全集 37』『これ、なんですか? スネークマンショー』
3月号 『家守綺譚』『「桜と日本人」ノート』「季刊『銀花』2004年春・第百三十七号」『ものがたりのある一皿』より「春の熊にはご用心」 
4月号 『名人板前 日本料理の秘伝』『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』『江戸前「握り」 東京・世田谷「あら輝」のつけ場』『日本の魚 系図が明かす進化の謎』『日本の魚 系図が明かす進化の謎』
5月号 『英語は日本人教師だから教えられる』『同時通訳おもしろ話』『ことばとは何か──言語学という冒険』『テクストはまちがわない──小説と読者の仕事』
6月号 『粒子の薔薇 マイケル・パーマー詩集』『たったった』『まっと、空の方に──ぼくをみちびく ふるさとのことば』『村田エフェンディ滞土緑』
7月号 『安珍と清姫の物語 道成寺』『イエロー・サブマリン』『いやだ あさまで あそぶんだい』『赤いカヌーにのって』
8月号 『「北島康介」プロジェクト』『THE STUDY OF COMME des GARCONS』『海の危険生物ガイドブック』『ナマコガイドブック』『ミイラ辞典』
9月号 『偉人伝・中島らものやり口』『野外毒本・被害実例から知る日本の危険生物』『闇にひそむ海賊』『青いイルカの島』
10月号 『綺譚集』『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』『ぼくと彼女とその彼女』『愛を思う』
11月号 『ガンプ:魔法の島への扉』『きらきら』『一葉からはじめる東京町歩き』『上海異人娼館』『高階杞一詩集』
12月号 『いろはカルタ辞典』『流行歌 西條八十物語』『永仁の壺』『中島敦の遍歴』


2004年1月号

1. キスの最中に、至近距離から撃たれた銃弾をまともにくらったロサリオは、恋の痛みと死の痛みを取りちがえてしまった。唇を離し、ピストルを見たとき、何が起こったのかわかった。/「体中に電流が流れたの。キスのせいだと思ったのに……」彼女は病院に向かう途中で、とぎれとぎれに俺に言った。
『ロサリオの鋏』ホルヘ・フランコ著 田村さと子訳 河出書房新社 \1600(本体)

2. ぼく、マーティン・ピッグは、窓辺に立って空を見上げている。そしてもうひとり、星の形をしたぼくがいて、雪の中を漂いながら落ちている。冷たい風が指のあいだを通り抜けるのが感じられた。ぼくはクリスタルだ。強くて複雑で美しい。重さがなく、浮かんでいる。地面のはるか上に。何マイルも見渡せた……ぼくは無数の小さな氷の宝石のひとつにすぎないけれど、孤独だ。ただ落ちていく、それだけ。
『マーティン・ピッグ』ケヴィン・ブルックス著 林香織訳 角川書店 \1000(本体)

3. ちょうど、昼から夜に変わる時間だった。空の色が濃くなって、最後の光で輝く時間。夜が小さなすすけた雲を空にぽんと放りだす時間。窓辺のカーテンや扉の内側から黄色い明かりがもれはじめる時間。
『(ふつうじゃない人をめざした)シーダー・B・ハートリーのまるきり嘘ではない話』マータイン・マイレ著 斉藤倫子訳 主婦の友社 \1600(本体)

4. りょうりょうと風が吹き渡る夕暮れの野を、まるで火が走るように赤い毛なみを光らせて、一匹の子狐が駆けていた。/背後から、狂ったように吠える犬の声が、いくつも乱れて、追ってくる。/腹に鋭い痛みが走って、子狐は一瞬腹をふるわせた……鼻には、まだ生暖かい血の匂いが、むっとこもっている。標的ののど笛を食いちぎったときに浴びた返り血の匂いだ。
『狐笛のかなた』上橋菜穂子著 理論社 \1500(本体)

5. 蜘蛛の歩行は美しく見る者を不安にする。特に夏、過敏な女の髪のように青い影を震わせている木麻黄の細い葉に糸をからませて、金緑色の巨大な網を張る大女郎蜘蛛の長く繊細な脚がピアノを弾くようにきみの背中を滑っていく様子は、ぼくの呼吸を乱さずにはおかない。
『平和通りと名付けられた街を歩いて』目取真俊著 影書房 \1800(本体)

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2004年2月号

1. 歌手募集(新人) 歌謡曲(譜面要)、ロック、ポピュラーの唄える方は当新宿ABCにお越し下されば面接の上テストを行います。その結果バンド又はプロダクションにスイセン致します。歌手として自信のある方は遠慮なくおいで下さい。 新宿ABC事務所 新宿区新宿3の41
『新宿ABC 60年代ジャズ喫茶のヒーローたち』 井上達彦×寺内タケシ 講談社 2571円(本体)

2. 最も記憶に残っているのが「テネシー・ワルツ」だった。ひとまわり以上離れた二人の兄は、ボクが幼稚園へ通うようになるとすでに「ジャズ」とよばれる洋楽を聴いていた。ジャズといっても……日本では、当時のアメリカのヒット・ソングを総称して、ひとからげに「ジャズ」とよんでいたのだ。
『歌謡曲』林哲司 音楽之友社 1800円(本体)

3. 編曲者の村山芳男はジャズ・ブーム期に江利チエミの編曲などを手がけていた人です。「かんごくロック」がロックンローラーとしての平尾昌章の最高傑作でしょう。「ルシア」(リトル・リチャードの「ルシール」)はぎこちないワイルドな演奏ですが、この時点でR&B系の曲をレコード化したのは珍しく、カヴァー時代のビートルズと同志向のミュージシャンが日本にもいたわけです。
『(増補)にほんのうた』北中正和 平凡社ライブラリー 1300円(本体)

4. きのふの風 けふの風/恋の風 金の風/夢も涙も 吹きとばし/人でなしでも 人の子さ/からつ風野郎 あすも知れぬ命……ハジキの風 ドスの風/恋の風 金の風/独り笑ひの 口もとを/すぎる殺気の うそ寒さ/からつ風野郎 あすも知れぬ命(からつ風野郎)キングレコード35・3
『三島由紀夫全集 37』新潮社 5800円(本体)

5. 76〜80年といったあたりは、音楽番組でも作り手が自由に選曲できる番組は少なかった。スネークマンショーの場合はレコード会社や音楽業界の思惑とは無縁の選曲がなされ、桑原や小林が海外で買ってきた日本版が出る可能性のないレコードまで積極的にかけられることが多かった。
『これ、なんですか? スネークマンショー』桑原茂一2監修 新潮社 1300円(本体)

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2004年3月号

1. 疏水の両岸の桜が満開のまま、しばらく静止を保っていたが、ついに堪えきれず、散りに入った。疏水の流れはその花びらが、まるで揺れ動く太古の地表のように、大きな固まり、小さな固まり、合体したり離れたりを繰り返し、下手に流れてゆく。じっと見ていると次第に川面は花びらで埋め尽くされ、水の表を見ることも難しくなるほどだ。
『家守綺譚』梨木香歩著 新潮社 \1400(本体)

2. 清酒 (青森)吉野桜・弘前市大字駅前一−六−六 吉井酒造梶^桜顔・盛岡市川目町二三−一八 轄顔酒造/いわて桜顔・水沢市立町一三 鞄V瓢/八重桜・下閉伊郡岩泉太田三0 鬼金酒造(梶j/龍泉八重桜・同前・・・(鹿児島)ちご桜・阿久根市栄町一三0 鹿児島酒造活「久根工場/天狗櫻・日置郡市来町湊町三一三八 白石酒造(有)/スーパー天狗櫻・同前/大和桜・日置郡市来町 大和桜酒造梶^桜島・鹿児島市住吉町一−五 本坊酒造樺テ貫工場
『「桜と日本人」ノート』安藤潔著 文芸社 \3000(本体)

3. 鹿児島県北部大口市の山中に、日本一といわれる江戸彼岸桜がある。推定樹齢六百年、根回り二十一メートル、そして樹高は二十八メートルという、堂々とした老桜だ。にもかかわらず、確認されてからわずか四半世紀しかたっていない。発見も偶然ではなく、ある営林署の職員が、執念をもって探し出したのだという。
「季刊『銀花』2004年春・第百三十七号」より 文化出版社 \1381(本体)

4. 一番印象深かったのはヨセミテ公園でのキャンプです。そこで私は自分でも気が付かないうちに、熊に襲われていたのです・・・当の本人である私は襲われたという自覚がありません。「なぜ、こんなに気をつけていたのに熊が寄ってくるのだ」という話題に、私も参加しようと思ったその瞬間、いびつに膨らんだジャージのポケットに気がつきました。/そうです。そうでした。私は夜食に、一人隠れてリンゴを食べようと思っていたところを、あまりの疲れに食べるのを忘れて寝てしまったため、リンゴの香で熊が寄ってきたのです。
『ものがたりのある一皿』より「春の熊にはご用心」 行正り香著 文藝春秋 \1333(本体)

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2004年4月号

1. トマトジュース二に対して水一の割合で薄めることで、ずっと飲みやすくなります。/トマト茶漬けを作る場合は、これに薄口醤油を少し加えます。トマトジュース一0、水五、薄口醤油一の割合で合わせ、冷たいままサッと炊きたての温かいご飯にかけます。
『名人板前 日本料理の秘伝』野崎洋光著 \880(本体) 講談社+α文庫

2. もしも六十歳を過ぎても人前ですしをにぎることがあったら、しわだらけの手じゃお客様に失礼でしょう。そう考えて、四十代のときから、外出のときは必ず手袋をするようにしたんです。冬ばかりでなく夏でもです。つまり一年中、ですから手袋は何種類も持っていますよ。
『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』山本益博著 \680(本体) 新潮社新書

3. 少々偉そうにいいましたが、わたしがこのような海老の握りを食べたのは、銀座の「すきやばし次郎」さんがはじめてです。ご存知の方も多いでしょうが、あの方が、このぬるい海老の握りをはじめたといいますよね。同業者でも、わたしをはじめ、あれに影響された方は多いでしょう、それほどショッキングな味。みなさんこの温度でお出しすることの意味に気づいたのですから。
『江戸前「握り」 東京・世田谷「あら輝」のつけ場』荒木水都弘・浅妻千映子著 \700(本体) 光文社新書

4. マダイを日本を代表する魚とすることに異論はないであろう……しかし、日本の食文化における歴史は意外に新しくて、食材として珍重されるようになったのは武士階級が擡頭した鎌倉時代ころからで、マダイがそれまでのアユやコイにかわって魚の最高位についたのは江戸時代といわれている。
『日本の魚 系図が明かす進化の謎』上野輝彌・坂本一男著 \820(本体) 中公新書

5. 食育については、フランスが先進国です。フランスでは、味覚は磨いてこそ一人前になる、という考えのもと、「味覚の教室」と呼ばれる授業が、学校教育のなかに取り入れられています。農家の協力を得ながら、食の生産現場を認識させ、レストランのシェフの協力を得て、実際の調理実習をさせます。
『「おいしい」となぜ食べすぎるのか 味と体のふしぎな関係』山本隆著 \700(本体) PHP新書

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2003年5月号

1. 文法とは全体像である。全体があって個がある。語学はどうしても覚えなければならない個別のことがあるが、それがある地図の上にまとまって見えれば脳の負担が軽くなる。文法とは元来そういう地図のことのはずなのだ。文法を軽視するということは地図なしに未知の土地を旅させるに等しい。
『英語は日本人教師だから教えられる』上西俊雄著 \740(本体) 洋泉社新書

2. 〈松本〉僕は、一回、岡山でいわれたんです。四〜五歳の子供ばっかり、お母さんも一緒の百人近くの前で、「先生は、英語教育界の宮本武蔵。この幼児教育のショーをどう思いますか」「彼らのlistening comprehension(聞きとり能力)はすごいでしょう。ぜひコメントをください」と。俺は二十歳まで英会話ができなかった、英語が聞き取れなかったのに、三歳、四歳にアドバイスなんてない。僕にはコメントがないんです。「イルカショーよりもおもしろかった」と、咄嗟にいったんです……あれは失言。
〈西山〉でも、イルカショーですよね。
『同時通訳おもしろ話』西山千+松本道弘著 \980(本体) 講談社+α文庫

3. 人のからだと言語との関係について、私がしばしば異常だと言わざるを得ないのは、なぜ食物摂取の器官を、言語という極めて抽象的な活動をつくり出す器官としても共用しているのだろうかと思うからである……同じようにふしぎなのが、なぜ男の場合、排泄と生殖とを、一つの器官を共用してすませているのかということである。神様は趣味が悪い。
『ことばとは何か──言語学という冒険』田中克彦著 \720(本体) ちくま新書

4. ……「テクストはまちがわない」という信念を持つことである。小説テクストでは、ほんの細部にこそ、また一見錯誤と見えるような表現にこそテクストの可能性が秘められているという信念である。だから、たやすく「テクストはまちがっている」と言ってはならないのだ。それは「読み」の放棄でしかない。「テクストはまちがわない」と信じるからこそ、テクストの可能性を限界まで試すことが出来るのだ。
『テクストはまちがわない──小説と読者の仕事』石原千秋著 \4300(本体) 筑摩書房

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2003年6月号

1. 光が、目もくらみそうな輝きとなり、射したとき──射す/幾筋にも分かれて特定のページの上を このページ/それからまた別のページ あるページには/夜の闇が深追いしたので近づきすぎてしまった//あるいは眠るページが/自らを想いおこす 一ページずつ/夢の謎をかけられ、防備された音調に満たされつつ/自らを想いおこすのだ 小道から
『粒子の薔薇 マイケル・パーマー詩集』山内功一郎編訳 \2400(本体)思潮社

2. きのう きからおちた さるは/なみだぐましかった/おまえが なくから/また おちたじゃないか/なみだぐまは うらやましかった/こら おまえは ながめてるだけか/きょう ももたろうは きびしかった/もっと はやく なれ きびだんごに/なまはげは はげしかった/はげてもいないこどもへおにになって/おには つましかった/いないおくさんに びんぼうさせて
『たったった』まど・みちお詩 玉利ひろのぶ絵 \1300(本体) 理論社

3. 夜去(よさ)は、夜が去ると書きながら、夜が来るという意味もあった。古典で、「去る」は、遠ざかることと、近づくことの、ふたつの意味を持っていた。//お父さんも去る。遠ざかりながら、近づいてくる。/遠ざかる存在が、ぼくたちに、その存在を近づける……夜は、そういうもの。いにしえより、ふたつの意味が追いかけっこする。/それは、たどろうにも道筋のない、名前のつけようのない気持ちで。
『まっと、空の方に──ぼくをみちびく ふるさとのことば』泉英昌 \1500 文遊社

4. その夜、変な夢を見た。/巨大な牡牛と、キツネに山犬、アオサギに牡羊が、透明な炎を纏っているイモリのような小さな火の竜を真ん中にして、横になりくつろいでいた。それを横目で見ながら、私はアレキサンダー大王に向かい、気心が知れるまでの間なのだ。若(も)しくは全く気心が知れぬと諦(あきら)めるまでの間なのだ。殺戮(さつりく)には及ばぬのだ。亜細亜(アジア)と希臘(ギリシア)世界を繋(つな)げたいと思ったのだろうが、もう既につながっているのだ、見ろ、と賢明に説いている。
『村田エフェンディ滞土緑』梨木香歩 \1400 角川書店

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2003年7月号

1. 「おのれ、安珍 ここに かくれたな」/大蛇は かねのりゅうずをくわえて きりきりと かねを 七まき半、しっかと まくと、尾で かねをうちたたき、くちから 火をはきかけた。/めらめらと かねは 火につつまれ、尾をたたきつける おとと、ごうごうと もえさかる ほのおは 僧たちをふるえあがらせた。/どのくらいたったか、/やがて 大蛇は、ずりずりと かねから すべりおりると、血のようななみだを したたらせ、さっていった。/あとには やけただれた かねと、もえつきた 安珍のなきがらが あったという。
『安珍と清姫の物語 道成寺』松谷みよ子・文 司修・絵 \1200(本体) ポプラ社

2. ビートルズのもとへ送られてきたのは、あのおそろしい、空飛ぶグローブでした。/「いいかい、グローブ」と、ジョンはいいました。「GLOVE という英語のつづりから、『G』を抜いてごらん。LOVE (愛)になるだろう。たいせつなのは愛なんだよ」/ジョンは、「愛こそはすべて」という曲を歌いはじめました。歌声は、そこかしこにひびきわたり、冷たく、はりつめていた空気が、おだやかになって……
『イエロー・サブマリン』ザ・ビートルズ・文 山川真理訳 \1800(本体) 河出書房新社

3. 「おやすみよ!」と、おかあさん。/「いやだーい! ひとばんじゅう おきてるんだーい」と、ぼうや。/「まあ、なにいうの、こまったこ!」/……ブルルーン ブルルーン ブルン ブルン ブルルル……ぼうやは、エンジンを ちからいっぱい ふかすと もうスピードで はしっていきました。
『いやだ あさまで あそぶんだい』ヘレン・クーパー作 ふじたしげる訳 \1600(本体)アスラン書房

4. (フルーツ・シチューのつくり方)ビニールぶくろに、あんずと水を、いれておく。テントをはったら、すぐにやっておくといいよ。/さあ、つくるよ。ふくろのなかのあんずと水をおなべにあけて、はちみつか、おさとうをいれる。ふたをして、ことことにる。(ときどきかきまぜてね)30分くらいで、あんずがやわらかくなるよ。そうしたらダンプリングをいれてね。
『赤いカヌーにのって』ベラ・B・ウィリアムズ作 斉藤倫子訳 \1300(本体) あすなろ書房

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2003年8月号

1. 北島の肉体改造三年計画の一年目の目標は、エンジンのベースとなる筋力を大きくすることにあった。/トレーニングを初めて三カ月近く経った頃、北島の身体に極度の疲労と張りが出た。/ウォームアップでゆっくり泳ぐときでも、北島は「あまりに疲れて泳げない」と言い出した。平井もあわてた。/上半身に筋肉がついた分、腕だけで進むような泳ぎになり、上半身と下半身が微妙にズレた。
『「北島康介」プロジェクト』長田渚左著 文藝春秋 \1400(本体)

2. 本来、衣服は身体を被うものであり、私たちはそこに包み込まれるべきなのだと当然のことのように思っている。身体と服はのっぴきならない濃密な関係にあるのだ、と。/しかしここにはそうした関係はなく、内側に空虚だけを孕んだ衣服が現れ、それらは永久に着る者を包み込むことがなく、身体のすぐ前にありながら身体とまみえることもなく、視覚のみがその表層を上滑りしていくのだ。
『THE STUDY OF COMME des GARCONS』南谷えりこ著 リトルモア \2381(本体)

3. ミミックオクトパス(擬態するタコ)と呼ばれるこのタコ、危険な生き物に一瞬にして変装するという特技を持つ。腕を広げて海底を泳ぐ姿は、大きな胸ビレのミノカサゴ(ヒレに毒棘を持つ)が泳ぐ姿を上から見たところとそっくりであるし、逆に腕をそろえて平らになって泳ぐ姿は・・・
『海の危険生物ガイドブック』山本典暎著 阪急コミュニケーションズ \2400(本体)

4. (Q)ナマコの子供はどんな形をしていますか?(A)親とは似てもにつかぬ形をしています・・・卵は丸いボール状で直径0.15mm。受精卵も丸い。これが水中を漂いながら1日で胞胚から原腸胚へと発生し・・・オーリクラリア幼虫になる。繊毛・・・で泳ぐ。
『ナマコガイドブック』本川達雄/今岡亨/楚山いさむ著 阪急コミュニケーションズ \2200(本体)

5. ミイラとは、人間や動物の保存された死体のこと。最初は、古代エジプトの布を巻いた死体を表すのに用いられた言葉だった。しかし、今では皮膚がついたままの死体はなんでもミイラと呼ぶ。
『ミイラ辞典』ジェームズ・パトナム著 吉村作治・日本語版監修 あすなろ書房 \2000(本体)

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2003年9月号

1. 海底の風景ってどこもすごくよく似てるから、間違えて沖へ沖へと進んで行っててん。/酸素なくなってくるし、これ、おかしいぞ、って早く海面に上がってみたいんやけど、いっぺんに上がったらピンク色の血、吹いて死ぬねんね……やっとのことで上がったけど、まわりどっち見ても海や。よく見たら、ちっちゃーい、ゴマ粒くらいの陸地が見える……グァム島に行ったら、よく「お嬢さん、スキューバダイビングしませんか。泳げなくても大丈夫」とか書いてあるでしょ。大ウソよ。

2. 『偉人伝・中島らものやり口』中島らも著 KKベストセラーズ\1300(本体)
その日、西表島在住のYさん(男性・49歳)は……長さ10pほどのゴカイのような生き物(ウミケムシ)が目に留まった。「なんだろう、これ」と思いながら、軍手をしていた手で何気なく触ったとたん、チクッ……後日、Yさんはダイビング中に、トラギスがウミケムシを食べようとしている光景を目撃した。哀れそのトラギスは、顔中に毒毛が刺さってのたうち回っていたという。
『野外毒本・被害実例から知る日本の危険生物』羽根田治著 山と渓谷社 \1700(本体)

3. 船が闇の支配する底知れぬ深みへと落ちていく……おそらく、屍衣にくるまれた乗組員たちもまだ、魚やクジラたちのあいだを、ゆっくり回転しながら沈んでいく最中だろう。泡がドラゴン号の右舷にぶつかってはじけ、下からドンという衝撃を感じた……下をのぞくと、海のなかからなにか固そうなものが浮かびあがってくるのが見えた。ぼくは手すりをつかみ、大声でさけんだ。アビーが見た棺桶だ……
『闇にひそむ海賊』イアン・ローレンス著 三辺律子訳 理論社 \1600(本体)

4. 日暮れになると、狩人たちは、その日の獲物を、サンゴ湾へひいていきます。そして、海岸で、ラッコの皮をはぎ、肉をとりました。海辺に、槍を鋭くとぐ男が二人いましたが、その男たちも海草を燃やしながら、その火のあかりで、夜おそくまで、皮はぎをつづけました。そして、夜が明けると、朝の海辺は、ラッコの死体でうずまり、波は血で赤くそまっていました。
『青いイルカの島』スコット・オデル作 藤原英司訳 理論社 \1600(本体)

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2003年10月号

1. 情事のあと、うっかり全裸で寝入って──その晩も吾郎の声で目が覚めた。電気スタンドに手を伸ばそうとして、すでに部屋がうっすらと明るいことに気づいた。電気はまだ点けてない。沙織は目をこすった。あかりを発しているのはふたりの身をくるんでいる綿毛布だった。その下のなにかだ。彼女は毛布をめくった。吾郎の腹が光っていた。とっくの昔に塞がっているはずの傷が薄く口を開いて、光を放っていた。吾郎はまだ魘されている。彼女はその腹に顔を近づけた。傷口のなかは青かった。空の色だった。細い空間を覗き込んだ。太陽が輝いていた。
『綺譚集』津原泰水・著 集英社 \1785

2. 僕の相棒であるテナー・サックスというのは、多くウッド・ベースと連んでジャズの記号に駆り出されるという事、そして、サックスは多く黄金に塗られ、恐らくペニスとしてフェラチオの恐怖と羨望を象徴しているだろう事、ウッド・ベースは多く漆色に塗られ、恐らく父親のハグとして包容力と厳格さを象徴しているだろう事、そして文学的に言えばサックスは文体であり……ベースは書籍の質量であると。
『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』菊地成孔・著 小学館 \1900

3. フィリップ・ロスの『ポートノイの不満』のポートノイのようにマスターベーションをして、ノーマン・メイラーの『アメリカの夢』の主人公、スティーヴン・ロージャックのように、獣姦の相手をしてくれるメイドかなんかを見つけて、アリソンにはヘンリー・ミラーの小説のようにサディスティックなことをする。グラマシーパークまで出かけて、アリソンをベッドの枠にしばりつけ、さるぐつわを……
『ぼくと彼女とその彼女』マリジェーン・ミーカー著 代田亜香子訳 角川書店 \1000

4. 忘却のこめかみが身体じゅうにあるようなアゲハチョウの幼虫
白い布透かしてみえるやわらかいものたち身体の裡のみずうみ
陰毛のみ残した身体さらしたらもうなんでしょうなにもないです
『愛を思う』東直子・著 木内達朗・絵 ポプラ社 \1200

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2003年11月号

1. ガーキーが水辺にはえた大きなニレの木のところへ走っていって、ホタルたちに呼びかけると、ニレの木は、まるで舞台の上にいるように明るくかがやきだした。そしてガーキーは木の皮をそっとたたいて、やさしくしゃべりかけた。するとどうだろう、枝という枝にくだものが……金色の月のようなモモが…
『ガンプ:魔法の島への扉』エヴァ・イボットソン作 三辺律子訳 偕成社 \1400(本体)

2. 「きらきら」。わたしは「かあああ」としかいえなかったけど、リンはわたしが何をいいたいか、わかってくれた。きらきらというのは、日本語で「ぴかぴか光っている」という意味だ……わたしはそのことばが大好きだった。大きくなると、好きなものはなんでも「きらきら」と呼んだ。
『きらきら』シンシア・カドハタ 代田亜香子訳 白水社 \1500(本体)

3. そんな時代の隅田川散歩で、清方は偶然、白魚漁の一景と出会う。それは「水晶が散るかと見えて小さい魚が零れます。魚というよりは網の雫と紛うような」白魚であったというのである。散歩の途中、白魚漁に目を見張った鏑木清方は、後の随筆集『褪春記』(昭和十三年・双雅房刊)の扉に、白魚に桜の花びらを描き木版画にしている。
『一葉からはじめる東京町歩き』坂崎重盛著 実業之日本社 \1500(本体)

4. 大きな煙管で阿片を吸引する龍……音楽が奇妙にゆがみ始めて、幻覚が現れる。部屋はうす暗くなり、その中に燭台をさげた女たちが六人ほど入ってくる。燭台の明かりはサイケデリックな感覚で呼吸するようにゆるやかにリズミカルに明滅する。踊っているうちに一人はラクダに変容し、一人は象に変わる。
『上海異人娼館』寺山修司+宇野亜喜良 アートン \1500(本体)

5. 川面が映る/川べりでカバが草を食んでいる/うまそうに脇目もふらず食んでいる/水がきらきらひかる/カバって何科/カバ科 河の馬 水かきだってあるんだよ/カッパみたいね/二人/ふとんの上で/しみじみと朝のアフリカに見入る
『高階杞一詩集』 砂子屋書房 \1800(本体)

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2003年12月号

1. 「耳取って鼻かむ」@うまく適合しないことのたとえ。A突拍子もなく無謀なことのたとえ。/ことわざには、よく言えば空想力豊かな表現とでも言えようが、それこそ突拍子もない言い回しがある。自分の耳を切り取って鼻紙の代わりに使うというのだから、想像することもむずかしい。もっとも図のように兎の大きな耳ということならば、わずかに空想するくらいは可能かもしれない。
『いろはカルタ辞典』時田昌瑞著 岩波書店 \3000

2. 長い髪して マルクス・ボーイ/今日も抱える「赤い恋」/変る新宿 あの武蔵野の/月もデパートの 屋根に出る//マルキシズム全盛の今日、長髪の青年が深刻な顔をしてコロンタイの『赤い恋』を抱え、新宿を歩いている光景だ。また、新宿駅前に地上八階建ての高層ビルが工事中で、来年には「デパート」と称する百貨店になる予定である。そのことを先取りして使った。
『流行歌 西條八十物語』吉川潮著 新潮社 \1800

3. 唐九郎の年譜をたどり、そこから派生してくる出来事を追ってゆくと、あたかも大衆文学を読む快感に似たものを感じた。それは、小山富士夫という完全無欠な人物の側から掘った穴の中とはちがう、魑魅魍魎の跋扈する奇怪なけしきでもあり、世間一般の人生によくあらわれる娑婆っ気にみちた風景に通じる趣でもあった。そして私は、その風景のなかに溶け込んでゆく自分を感じはじめていた。
『永仁の壺』村松友視著 新潮社 \1700

4. 『弟子』や『李陵』の清澄高雅な人間像や、世界観、また格調高く美しい中島敦の文章は誰もが認めるところだが、これらの傑作が、我々凡人が想像するような、作家の彫心鏤骨の苦しい作業から生まれたのではなく、まさに渾々と湧き出るように書き上げられたことがわかるのである。/「書きたい、書きたい。」/「俺の頭の中のものを、みんな吐き出してしまひたい。」/それが中島敦最期の病床のことばであったと夫人は伝えている。
『中島敦の遍歴』勝又浩著 筑摩書房 \2200

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 last updated 2005/3/23